《10 光岳ラッセル敗退記》 2005.2.16

 1月21日、一人光岳を目指す。結構雪はあるだろうなと予想はしていたものの、こんなにあるとは思わなかった。下栗を過ぎ、最後の集落大野までで除雪は止まった。何台か通っただろうと思われるかすかな轍をたどって、今回友達から借りた4駆の車を走らせるものの、ちょっと轍をはずせば出せなくなってしまうだろう。何度も車を止めて道路状況を確認しながら進む。落石も多く、石をどかしながら慎重に車を走らせる。2年前2月に聖岳に登った時、やはりここを走った
が、その時は全然雪がなく、登山道も落ち葉を踏んで歩いた。スパッツももちろんワカンも相当上まで不要だった。その時と比べれば今年はかなりの豪雪だ。
 シンと静まりかえった易老渡に着いたものの、果たして山頂まで行けるのかどうか不安になる。身支度を整え思いザックを背負い出発する。予備日を入れて4日間。今回かなりの重量になってしまい、三脚も小さいのにしてきた。カメラも1台レンズ2本だけだ。が、それでも重い。
 一歩登山道に踏み入れると意外と積雪は少ない。「よし、これなら行ける!」ちょっと元気が出てきた。最初の九十九折りの急登を黙々と歩く。天気は曇りで気温は低い。歩いてもあまり熱くならない。間もなく積雪はぐんと増えてきた。面平手前でワカンを付ける。面平までで3時間以上かかった。先が心配だ。更に雪は多くなる。1時間歩いても少ししか進まな
い。背中のザックがほんと重く感じる。午後になって吹雪いてきた。樹林帯の中なのに容赦なく吹き付ける。手がかじかんでファスナーを開けられない。気分的にも落ち込んでくる。いよいよ雪は膝までとなる。面平上の急斜面が上がれない。ここを過ぎれば少し傾斜も緩くなるのだが。ザックを投げ出して座り込んでしまう。見上げる斜面はずっと雪だ。当然だ。自分の心の中で迷いが起きる。4日間も日程があるのに、何を弱気になっているのか。明日易老岳まで上がれるだろうか。易老岳まで行けてもその先はもっと雪が多いだろうな……。今回イザルガ岳で朝晩撮りたい写真があった。自分の頭の中で作品のイメージができている。そのイメージが頭の中に浮かんでは消え、また浮かんでくる。
 「引き返す勇気」この言葉をこんなに実感するこのは初めてだ。実際山で引き返すのは2回目だ。1回目はまだ雪山始めたばかりの頃、一人で八ヶ岳へ向かって、悪天候で引き換えした。この時はもうこの天気では絶対登れないと、割と簡単にあきらめられたような気がする。しかし今回本当にあきらめきれない。それにやはり引き返すのって、カッコ悪いなって思った。行けるところまで行ってそれで時間切れで戻るとかなら、自分でもある程度納得できるかもしれないが、まだ登りはじめのこんな段階で早々と引き返すのだから、自分でも悔しい。
 そんな事を考えてまた歩き始める。が10分も歩けばやはり、この先一人で2,3日のうちに稜線まで上がるのは無理だなと思う。時間は2時少し過ぎだ。まだ今日のうちに下山できる。後ろ髪を引かれる思いで、下山を開始する。
 もっと楽な山にすれば良かったなあ。あそこなら今日もう少しいけたかな。下りながらいろいろな思いが頭をよぎる。しかし後悔しても、もうどうする事もできない。次の事を考えよう。
 ここ10年1月、2月南アルプスのどこかへ登ってきたが、こんなに雪があるのは初めてだ。昨年まででいちばん積雪があったのは’99年だ。三伏峠で胸までのラッセルを経験した。’01年も大雪になったが、入山が大雪前だったので山の様子はわからない。雪がなかったのが、’00年だ。この年は本当に暖冬で、里にも降らなかったし、山も本当に少なかっ
た。ただ、3月に山は結構降って春先の積雪は多かった。
 暖冬予想だったが、結果としては、暖冬ではないだろう。最終気象庁がどういう見解を出すか楽しみだ、冬の光岳はまた来シーズン以降にお預けだ。北岳も行きたいし、冬10日間くらい休みが欲しいところだ。

 

 ひとこと