コラム  2004年1月
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04/1/23 「森光子さん ヒンズースクワットを150回」 No.155

女優の森光子さん(83才)が、テレビで7、8年前からトレーナーに筋力トレーニングのプログラムを作ってもらってます。毎日、ヒンズースクワットを150回やってます】と驚異のトレーニング方法を披露されました。彼女主演の舞台「放浪記」では、“でんぐり返し”が名物ですが、この「放浪記」は、昭和36年10月20日に初上演され、現在まで42年間で1572回の上演数を数えるそうです。これだけ長い間、舞台で活躍出来るのは、日頃の彼女の筋力トレーニングの賜物なのでしょうね。

森光子さんが毎日なされている、ヒンズースクワットを、私もトレーニングジムで行っています。この筋力トレーニングは、左上の画像のように、膝を曲げながら行う下半身の代表的な種目で、この一種目で脚全体(主にももの筋肉)が鍛えられます。ただ、私など、レッスンで10回もヒンズースクワットを行えば、足の筋肉がパンパン張ってしまい、83才の森光子さんが、毎日150回されていると云う話には、ビックリです。

森光子さんが、あのお歳で、何回もヒンズースクワットをされているのだから、私もと、頑張って見たのですが、「生兵法は大怪我のもと」のことわざ通り、膝が痛くなり、薬局で消炎鎮痛剤のインドメタシン液を購入する羽目となってしまいました。やはり、筋力トレーニングは、正しいフォームで、徐々に強度を増やしていかな

04/1/18 「ハラハラ、ドキドキ 都道府県駅伝 初優勝」 No.154

第9回全国都道府県対抗男子駅伝で長野県チームが悲願の初優勝を致しました。最終走者帯刀秀幸(富士通)選手は、兵庫県の選手の猛追にあい、ゴールまでの2〜3q、見ていて、ハラハラ、ドキドキでした。帯刀秀幸選手のガンバリで、平和記念公園のゴールのテープをきった時には、つい、テレビの前で拍手をしてしまいました。久々に興奮しました。

長野県チームにとって、トップに順位を押し上げた、佐久長聖のスーパー高校生、上野選手の存在は、もちろん大きかったのでしょうが、監督、コーチ以下、中学、高校、大学、そして一般の選手のチームワークの良さが、この素晴らしい結果に結びついたのでしょうね。長野県人として、嬉しいかぎりです。本当におめでとうございました。

昨年暮れに、都大路で行われた高校駅伝には、男女とも、何人もの留学生選手が社会人顔負けの走りをしていました。今日の都道府県駅伝で、高校生ばなれの走りを見せた、上野選手も、トップでタスキを渡す事が出来ませんでした。
正月に行われた、箱根大学駅伝にも、カモシカのような留学生が日本人選手を次々と抜いて行きました。全国高校駅伝でも、箱根大学駅伝でも、優勝を目指すチームにとって、留学生の走りは、大きなウェイトを占めてているようです。

もし、都道府県対抗駅伝で、高校、大学の留学生選手が出場を認められるようになったら、都道府県の順位、どうなるのでしょうか。仙台育英の宮城県、青森山田の青森県、山梨学院の山梨県あたりが、上位争いをする事になるのでしょね。
さて、将来、留学生が都道府県駅伝にも出場するようになるのでしょうか。。。。。。

04/1/12 「お雛様」 No.153

目に入れても痛くない孫娘が、初めて迎えるお節句のため、【お雛様】を見に行ってまいりました。広い人形センターには、BGMの ‘♪灯りをつけましょ ぼんぼりに お花を上げましょ梅の花...’が流れ、華やかな何十セットものお雛様が展示されておりました。
 
人形センターのお客様はと云えば、私たちのような孫娘を中心とした、ジジばか、ババばか軍団ばかりで、ゾロゾロと、お雛様を見て回る様は、なかなかの壮観です。 主役であるべき9ケ月の孫娘は、この騒動が誰の為なのかも分からず「キョトン」としておりました。

【ひな祭り】の行事の原型は、平安時代の人形(ひいな)遊びと、簡素な人形(ひとがた)に自分の厄や災いを移して川や海に流した、流しびなの行事が結びついたもので、また、ひな人形を飾ることは、ひな人形が身代わりとなって、災害や病気からその子を守る為に、また、健やかに育つように願いをこめてお祝いする行事です。

須坂市の【豪商の館 田中本家博物館】で、江戸時代から昭和時代まで、田中家代々の雛人形展を見学した事があります。展示されている【お雛様】の、優に一間以上はありそうな壇飾りや、人形の豪華さにはビックリしました。でも、当時の私たちのような庶民は、どんな【お雛様】を祭っていたのでしょうかね。
 
今回訪れた、人形センターの方のお話では、かっては、七段飾りの大きな【お雛様】が主流だったそうですが、現在は、場所をとらず、収納性の良い、二段、三段飾りや、親王飾りが主流になって来ているそうです。
時代とともに、【お雛様】も、その流行があるのでしょうが、子供の幸せを願う、親たち、ジジ、ババたちの気持ちには、変わりありませんね。

04/1/6 「長野県」→「信州」への県名改称 No.152

田中長野県知事は5日の仕事始め式で「長野県という名称を信州に変更しよう」と述べ、県名の変更を検討する意向を示されました。信州の方が観光面で全国的に認められており、経済効果がもたらされると説明されています。。。信濃毎日新聞より
「長野県」→「信州」への県名改称は、私も賛成です!!

【新・不思議の国の信州人−すべては♪信濃の国から始まった−丸山一昭、岩中祥史著 】 には、−−−−「長野県」というのは廃藩置県のときに設けられた行政単位で、もとはといえば、歴史も風土も文化もまったくちがう、江戸時代の11の藩を強引に合体してつくったもの。人によっては、「長野県」なんてのは、地図の上にしかなく、本当は11の小さな県があるようなもので、「長野県」というより「信州合衆国」と呼んだ方が正確だとか、「ザザ虫や蜂の子を食べている伊那なんて長野県じゃあない」などと言う人もいるようだ。。。このような地域的対立や思想やイデオロギーのちがいを乗り越え、県民が一つになれるものが県歌【♪信濃の国】だと−−−−

私も【♪信濃の国−−信濃の国は十州に 境連ぬる国にして..】は 大好きな歌です。この歌を皆で歌うと「信州人」としての連帯感が生まれて来るような気がします。
「長野県」→「信州」への県名改称によって、信州南北の物理的、精神的な距離が、そう簡単に縮まるとは思いませんが、「信州」や「信濃の国」と云う言葉の響きには、それを可能にする何かがあるような気がします。


ちなみに、南信州の下伊那出身の私は、社会人になるまで、東京や名古屋市には行く必要があっても、長野県の県庁所在地、長野市にはなかなかその必要もなく、縁遠い存在でした。
★上の写真はワニ文庫 新・不思議の国の信州人より

04/1/1 今年も春から縁起が良さそうです。 No.151

家の前より南アルプスの山並みより昇る素晴らしい初日を拝むことが出来ました。今年は良い年になりそうです。
(左の写真は、この朝撮した初日です。 )

今朝の日本テレビの「新春ズームイン!!2004」で、ここ駒ヶ根市、標高1,612mの中央アルプス千畳より、富士山の頂上から「初日の出」が昇る「ダイアモンド富士」を生中継しておりました。ご覧になりましたか。
テレビ放映中に、幸運にも、キラキラ輝く「ダイアモンド富士」を見ることが出来ました。マイクを持った女子アナウンサーも、「こんなに綺麗にダイアモンド富士が見えるのはめったに無いことです」と声を張り上げ中継しておりました。

この「ダイアモンド富士」を中央アルプス千畳敷から拝観するご来光ツアーには多くの希望者があり、受付開始と同時に満席となってしまうそうです。バスとロープウェイで気軽に厳寒の中央アルプスの冬山気分も体験出来、しかも運が良ければ「ダイアモンド富士」も拝観出来るとなれば、人気が出るのも分かりますね。

今年は美しい「初日の出」を実物とテレビと両方で拝むことが出来ました。今年も春から縁起が良さそうです。