2011.11
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11/11/29 立 砂(たてずな)ー上賀茂神社
−京都御所勤労奉仕団にて(17)
No629

塩を撒いたような白い庭の中に、ニョキッと立つ、二つの謎の円錐形の塊、いったい何んなんでしょう?これは、京都御所の奉仕の帰りに立ち寄った「上賀茂神社」で出会った“珍百景”です。
円錐形の塊は、立砂(たてずな)と云い、神様がご降臨なされる所にちなんだものだそうです。
鬼門や裏鬼門に、お砂を撒き清めるのは、此の立砂の信仰が起源で「清めのお砂」の始まりです。
毎日どなたかが、美しい円錐形になるように、整形されておられるのでしょうね。





【重陽の節句に行われる子供達の烏相撲(からすづもう)】
上賀茂神社
下の写真は、以前、上賀茂神社に訪れた際、撮影しました重陽の節句(9月9日)に行われる子供達の烏相撲です。
神事をつかさどる 刀祢(とね)が、烏の踊るが如くカーカーカーと烏鳴きをされます。
今まで経験したことも無い“珍しい祭事”で、あらためて、京都という街の、まか不思議さと、歴史を感ぜずにはおれませんでした。


カーカーカー」と烏鳴きをされる刀祢(とね)

児童等による相撲が行われる

烏相撲の祭事に参加の児童達
行事解説 京都の祭事、行事より参照
9月9日は古来9という陽(陰陽の陽)の数字の重なる日であるところから重陽節句として五節句の一つに数えられ、宮中を始め一般にも祝いの日とされており、古くより厄災祓いの日として、菊酒を飲んだり、菊の花についた露で肌を拭ったりして長命を祈ってきた。
 
烏相撲は上賀茂神社の祭神の祖父である賀茂建角身命が神武天皇東征の折巨大な八咫烏(やたがらす)〔不思議な大烏〕となって先導をつとめるという大きな功績をたてたことと、悪霊退治の信仰行事としての相撲等が結びついて行われるようになった。
 
当日、本殿で祭典があった後、境内細殿前庭(ほそどのぜんてい)で弓矢をもった刀祢(とね)が烏の踊るが如く三三九躍横飛びをしたのちカーカーカーと烏鳴きをするなどユニークな所作を行い、その後、児童等による相撲が行われる。
 また、その年葵祭にご奉仕頂いた斎王代がこれをご覧になる。



11/11/27 『 国宝・阿弥陀三尊像 』・京都 大原 三千院
京都御所勤労奉仕団にて(16)
No628

♪京都〜大原三千院 恋に疲れた女が一人〜・・・
晩秋の大原の里には、ピッタリの歌ですよね。
そんな、恋する女性の方々“ご用達”?の大原三千院を、私たちおじさん、おばさんのご一行が訪れたのです。
恋に疲れたと云うより、日頃、孫のめんどうを見るのに、ほとほと、疲れはてた一行が・・・

『往生極楽院・阿弥陀堂』に安置されておられます『阿弥陀三尊像』さんは(左写真)、有難い仏様で、何に疲れていようとも、仏の前で手を合わせますと、老若男女 分け隔て無くお慈悲を頂けるそうなのです。
有難い、有難い!
★阿弥陀如来さんの左右にお座りの菩薩さん。前屈みに跪いて(ひざまづいて)おられます。
この座り方、「大和座り」と云うのだそうです。
(寺院のパンフレットより)
私たちに、早く、こちらの世界においで下さいとでも言っているようですね。



『 往生極楽院・阿弥陀堂 』
ここに、『 国宝・阿弥陀三尊像 』が安置されています。


 落葉した雑木が面白い


11/11/26 「右近の橘(うこんのたちばな)」も冬の準備
−京都御所勤労奉仕団にて(15)
No627

秋の恒例、三泊四日の 「京都御所」でのお掃除の勤労奉仕に行ってまいりました。。

ご奉仕として、庭園のモミジ、松などの落ち葉掻きをし、終了後、宮内庁の職員の方より、2時間ほど、秋深まる御所を案内して頂きました。
毎年の事ですが、新たな発見、感動があり、旅の楽しみの一つにもなっています。

今年は、紫宸殿(ししんでん)の前で、面白いものに出会いました。
それは、工事現場にでも建っていそうな大きな“掘っ立て小屋?”です。(左の写真)
文化財の紫宸殿には、ちょつと不似合いな建物ですが、いったい、何が入っているのでしょうか?

答えは・・・『右近の橘(うこんのたちばな)』です。(右下写真)

冬の間、この大きな建物の中で、寒さを避け、春の訪れるのを待つのだそうです。
建物のお値段は100万円以上との事。
さすが、『ひな祭り』のルーツの「橘」ですね。。。

ただ、民主党さんに、もったいない、もったいないと、仕分けされなければ良いのですが。(心配・・・)

上の橘は、以前、覆いの無い時に撮影したものです。
現在は掘っ立て小屋?の中・・・

紫宸殿(ししんでん)
即位礼などの重要な儀式を執り行う最も格式の高い正殿です。
明治天皇、大正天皇、昭和天皇の即位礼もこの建物で行われました。
中央に、天皇の御座【高御座・たかみくら】、その脇に皇后の御座【御帳台・みちょうだい】が置かれています。

紫宸殿の両脇には、
「左近の桜(さこんのさくら)」、 「右近の橘(うこんのたちばな)」が植えられています。

11/11/14  昭和の生き証人のような建物 No626

伊那市の合同庁舎のすぐお隣に、かって図書館に使われていた煉瓦造りのモダンな建物があります。
設計は、昭和初期、諏訪湖畔の「片倉館」(クリック)を設計された建築家森山松之助によるものです。
第二次大戦後、一時期、この建物は進駐軍の宿舎に使われたそうですが、きっと、私がスケッチしている辺りにも、体格のよいアメリカの進駐軍兵士が、かっ歩していたのでしょうね。

伊那谷の小さな町の“昭和の生き証人”とでも云った建物を前で、歴史に想いを馳せながらスケッチしていますと、のんびり、こんな事をしていて良いのだろうか?何んて思ったりもします。沖縄の基地の街では、まだ、まだ、戦後が続いているのですからね。。。

旧図書館 F4号


11/11/9  無農薬でも、こんなに大きくなりました。 No625

わが家の畑では、大根、白菜が大豊作。。
大根は、それこそ「大根足」のように立派な太さに生長し、毎日、「大根めし」にでもしなければ、食べ切れません。

大根めしと云えば、NHKドラマの「おしん」は、小さな頃、お米がなく、毎日、大根めしを食べていましたね。(涙・・・)
大根が出来すぎて、食べきれないなんて云っていたら、バチが当たります。

一方、白菜は、これまた持ち運びも大変なほど大きくなりました。(左写真)
まっ、食べ盛りの孫たちにかかれば、アッと云う間に完食されそうですが。

それと、今年は、病虫害がほとんど発生せず、栽培期間中、無農薬で通せたのも、うれしかったことです。
畑の恵みに感謝!!

11/11/7  雨も、たまには良い事があるものだ・・・ No624

この所、週末から日曜日に掛け、ぐずついた天気が続き、屋外イベントが影響を受けています。
先週、大鹿村で開催されました ご存じ『大鹿村歌舞伎』(クリック)も、天候が思わしくなく、神社の境内から、村の体育館での上演になったようです。
そんな天候下、私も参加させて頂きました「高遠城址公園」での写生会(信州高遠美術館主催・竹内徹 講師)も、場所が変更!。
では、いずこで絵を?と心配していましたら、「信州高遠美術館」の館内で描かせて頂けたのです。(ラッキーにも・・・)
美術館からは眼下に 秋深まる「高遠湖」。。。「雨降って○○」ではありませんが、大満足の雨の日曜日でした。

秋雨の高遠湖 F6号

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