文化庁在外研修
平成9年度文化庁特別派遣芸術家在外研修員推薦書より
中林忠良
銅版画家
東京芸術大学美術学部教授
今村由男さんは決して若くはないが、まぎれもない現代を代表する新進の銅版画作家である。もともと銅版画への本格的な取り組みが遅かったために、一般的な新人の年齢を越えているが、ここ4・5年の活動は目覚ましいものがある。
 その作品は、大型の銅版にさまざまな技法を駆使して日常の断片的イメージを展開させたものだが、しっかりした構成力が抽象的な造形に組み上げて、硬質でしかし豊かな叙情詩になっている。その技術の把握力と表現力とが日本版画協会でも認められた。今村氏が銅版画を学びたいと私のところへ来たのは10年も前のことになる。その間、時に質問をかかえて上京することはあったが、ほとんどの技法、技術の習得は、氏自身の独学によるものであった。氏の努力と真摯さと、そして何よりも銅版画でなければ充足できない熱い表現への志向が、成果をもたらしたものだろうと私は思っている。
その氏が、エングレーヴィングを習得するためにパリでの修行を希望している。銅版画の原点であるビュラン彫りに、このあたりで一度徹底して体感することは、氏の芸術に堅い基盤を作ることに有効であり、それがほとんどを独学で学んできた技法、技術に、一連の脈絡と整合性を与えることに大いに意味があるだろうと私は思っている。合わせて、ヨーロッパの厚い文化と国民性に触れることで、自らと自らの背負った文化と質を考えることは、氏の芸術にさらなる深みと発展を与える上で、非常に時宜を得たものであろうと思う。
アトリエコントルポアンでの研修風景
平成9年度文化庁特別派遣芸術家在外研修
1997年9月~11月
Atelier Contrepoint
10,Rue Didot 750 14 Paris
研修科目 エングレービング ビュラン彫り

パリから電車で1時間ほどの
一面麦畑のなかの小さな町シャルトルの町が好きで何回か出かけた
シャルトルの教会のステンドグラスは美しい
アトリエ・コントルポアン
スタンリー・ウィリアム・ヘイター氏によってパリとニューヨークに開設されたアトリエ17は多くの作家たちに版画の新しい意義と可能性を開いた。初期にはダリ、カルダー、エルンスト、ジャコメッテイー、ミロ、ピカソ、シャガールらが制作に取り組みその後も世界中から版画をめざす優れた作家が集まり、日本人作家も70人以上がヘイター氏の元で版画を学んでいる。地質学者から美術の世界にはいったヘイター氏は科学者としての資質を版画の新しい可能性に向け世界中から集まった優れた若い作家たちと共に一版多色刷り版画を完成させた。その自由で新しい気風から多数の作家達が育ち、それぞれの母国でも自由な精神と新たな表現を模索するその姿勢と共にアトリエ17は歴史的名称になっている。 1986年アトリエ17の創始者ヘイター氏の没後、氏の遺言により工房の名前もアトリエ・コントルポアンに改称しヘイター氏の助手であり刷師でもあったエクトール・ソニエ氏をデイレクターに 工房ははその前進アトリエ17の輝かしい歴史を引き継ぎ現在に至り,現在も世界各地から版画家を夢見る若者が工房を訪れ情熱を傾けている。1997年9月から11月までの3ヶ月間、文化庁の特別派遣芸術家在外研修の機会を得てパリに滞在、エクトール・ソニエ氏の元でビュラン彫りの技術研修ができた。銅版画の原点とも言えるエングレービング、ビュラン彫りは2,3mm角の鋼鉄製の先を斜めに切り落とし研ぎ上げた道具で 銅版の上に髪の毛よりも細い線の集合で画を創りる。今やコンピュータ全盛の時代にヨーロッパにはこうした技法が脈々と受け継がれ、現在も多くの作家がいる。厳しく鍛練された何千、万の気の遠くなるようなビュラン彫りの線で創られた銅版画のそのマチエールの美しさは他の表現では表せない。日本ではあまり触れることの少ないこの技法の一端に触れることが出来た。
オワーズ川に面した小さな町に眠るゴッホ兄弟の墓の前にて