小手先の技


私が剣道をやめたのは、中学3年の頃。初段を取ってすぐでした。あれからもう20年近くたっていたんですね。

剣道にはいろいろな技があるのですが、私は、竹刀を頭の上まで振りかぶってから真っ直ぐに振り下ろす「」が好きでした。最もシンプルな基本技ですが、意外と実戦では決まりにくい技です。モーションが大きいだけに隙も多いためです。剣道を学んでしばらくして慣れた頃には、怖くてなかなか使えなくなります。しかし、相手の虚を衝く一瞬のタイミングさえ的確につかむことができれば、決めることは可能です。もちろん、そのタイミングは簡単にはつかめないので、実は上級者向けの技だったりします。大技だけに、決まったときの気持ちよさは最高です。

頭の上まで振りかぶらずに、腕の動きだけですばやく技を出すこともできます。いわゆる小手先の技ですが、スピードも速く、隙を突かれにくいので、実戦上では割と決まりやすいテクニックですね。もちろん、小手先だけの「面」もあります。試合になると、この小手先の技しか使えなくなる人もいます。大技は怖くて使えなくなるのでしょう。実は、それでも勝てるから問題はないのです。小学生や中学生くらいの試合なら、小手先の技だけで優勝できる人もいると思います。

でも、しょせんは子供だまし。小手先の技は、相手が上級者になればなるほど、だんだん通じなくなってきます。そして、ある段階で、剣士の動きは完全に止まる時期がきます。相手の動きの隙を、目で追って技を繰り出すということができなくなってしまうのです。

では、いつ技を繰り出せばいいのか?

まさに「虚を衝く」しかないのです。その瞬間を剣道の世界の専門用語でなんと言うか忘れてしまいましたが、それは必ずしも「動き」に現れるとは限りません。相手の竹刀の動きだけを見ていてもダメなのです。

相手の呼吸(息づかい)を読めともいいます。息を吸った瞬間に隙が生まれるからです。しかし、それも相手の肩の動きや、面金の奥の表情などから読み取れるものかもしれません。上級者になれば、相手に呼吸を読み取られないように肩の動きは止めてしまいます。もちろん、表情もポーカーフェイスです。相手の呼吸を読み取れるだけでもなかなかのものですが、相手の虚を衝くためには、さらに、目に見えない何かを感じ取る必要があります。それが、一般的には、「」とか「オーラ」と呼ばれているものです。

剣道を極めてゆくと、最終的にはそういった精神的な世界に入ってゆきます。その昔の剣士が妖術使い(飯綱使い)などと恐れられたのも、そういった理由からかもしれません。私が、大技の「面」にこだわっていたのも、既にその当時、そういった世界に足を踏み入れていたからだとおもいます。

このようなことは、何も剣道の世界だけの話ではありません。日常的な出来事の中にも、同じようなことが言えるのです。

例えば、恋愛において、最初はちょっとしたテクニック(小手先の技)さえ知っていれば、簡単に異性を落とすことができるかもしれません。ただ、そうやってつかんだ恋は、たいていは長続きしないでしょう。相手の表情や態度に一喜一憂し、そのたびにこちらも態度を変えていたのでは、お互いに愛を深めることなどできないのかもしれません。

どんなときでも相手を信頼し、こちらもゆるぎない気持ちで接すること。それが恋愛における「大技」であって、そうやって築き上げられた愛こそ、真の愛なのではないでしょうか。

恋愛のテクニックを解説した書籍や、他人からのアドバイスはあまりあてにしないほうがいいと思います。目に見えるものをあてにするのではなく、見えないものを、自分自身の心で感じ取ることが大切です。

大技はなかなか決まりにくいものですが、それを物にすることは、剣道をやめた今でも、私にとっては重要な人生の課題の一つとなっています。

I 魔術師タロットカードは「I 魔術師」としておきます。彼の術が小手先だけのものなのか、真理に基づく大技なのか。全ては、彼の志しだいです。


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