白い手の悪霊


目が覚めると、全身にびっしょりと汗をかいていた。

剣の9 (Nine of Swords)

「夢か・・・」

ひどく恐ろしい悪夢を見ていたような気がする。布団を跳ね除け、ベッドの上に横たわったまま、先ほどの夢の記憶をたどる。目が覚めてから思い出してみると急に恐怖がこみ上げてきて震えてしまうが、夢の中では何かに必死に立ち向かっていたような気がする。いったいなんだったのだろう。何か重要なメッセージがあったような気もする。いろんなシーンがごちゃ混ぜになっていて、夢特有の混沌とした世界になっていたから、筋の通ったストーリーを思い出すことはむずかしい。だが、あの場面だけ脳裏に焼きついて忘れない。

白い手」だ!

私は天井に映し出される悪霊の白い手を見ていた。それが私の霊感によるものなのか、それとも、他の人にも同じように見えていたのかはよくわからない。目の前の女性にその「白い手の悪霊」が取り憑き、彼女を狂わせていた。私にはその霊を捕まえて祓う力があったらしい。夢の中では除霊師のような仕事をしていたのかもしれない。

彼女はひどく落ち込み、人格が変わっていた。周囲の人間を呪うかのような恐ろしい目つきをしていた。はじめは誰も原因がわからなかったが、私は彼女の頭上の天井に映し出される白い手を見て、悪霊のしわざであることを見破った。天井の一部がぼんやりと暗い闇となり、その中に、白く、大きな手だけが映し出されていた。それ以外の、腕や体や頭などはない。ただ「手」だけの悪霊だった。手に怨念がこもっているのだろう。その手は、何か意志を持っているかのように、不気味にうごめいていた。

私はその場で除霊に取り掛かった。天井の白い手を自分の手に重ね、自分の手に悪霊を宿らせるような形で捕まえると、そのまま彼女の中から引きずり出す。悪霊も抵抗するので、私の腕にも力が入り、一瞬も気を抜くことが出来ない。引きずり出した悪霊を自分の手に宿らせたまま机の上に叩きつけて押さえる。

しかし、そこから先どうすればいいのか私は知らなかった。私は除霊師のような専門家ではなく、たまたま除霊の能力を持っていただけの素人だったのかもしれない。その女性を助けたいという必死の思いで、とっさに除霊するところまでは出来たのだが、私に出来るのはそこまでで、自分の手に悪霊を宿らせたまま、後始末に困ってしまった。

力任せに悪霊を殺してしまう(消滅させる?)くらいのことなら、その場で私にもできた。しかし、それは間違いのような気もした。その悪霊が女性を狂わせていたことは確かだが、だからといって、問答無用で消滅させてしまっても良いものだろうか?それでは、西洋医学における対症療法的な処置となんら変わらない。悪霊にだって、何か理由があってその女性に取り憑いていたのだ。その理由を突き止め、問題を根本的に解決できてこそ、真の「成仏」ができるのではないだろうか。

私の手の中で青白く光る悪霊が、まるで許しを請うかのように揺れている。あるいは、救いを求めているようにも見える。力任せに消し去ってしまったところで、誰も救われないに違いない。きっと、その女性にも、また別の悪霊が取り付くことになるだろう。

私はどうしたらよいのかわからず、迷っているうちに目が覚め、現実の世界に戻ってきてしまった。


ベッドから起き上がると、私はいつものようにパソコンに向かい、メールをチェックした。占いの依頼を受けている女性からの返信が来ていた。コーヒーで目を覚ましてから、その女性にもう一度返事を書くことにしたのだが、書き始めてすぐに、私が先ほど見た夢に関わりのある問題を彼女が抱えていることに気が付いた。その問題は、とても私の手に負えるようなものではなかったのだ。

「あなたは悪霊に取り憑かれているようです。」

現実世界の私はあくまで占い師であって、除霊師やエクソシストではない。どうにかして彼女を救いたいという気持ちはあるのだが、私は彼女の抱えている問題を直接的に解決するすべを持たない。

先ほどの夢は、このことを知らせる夢だったのだろうか?

私は占い師として悪霊の存在を示唆することはできても、それを取り除くことができないという自分の力の至らなさを自覚するしかないのだろうか。いや、そうではない。悪霊を単に悪しき物として排除することだけを考えるのではなく、「どうすれば救うことができるか」ということを考えるためのメッセージだったはずだ。

それは、もしかしたら、自分の手の中で揺れていた悪霊に対する同情に過ぎないのかもしれない。だが、たとえ神がその悪霊を裁こうとも、人間である私ごときに悪霊を裁く権利などあるものだろうか。

私はその悪霊を許し、押さえつけていた机から手を上げて、逃がしてあげることにした。きっとお前は、何か目的があって人に取り憑いていただけの精霊なのであろう。それを「」となすのは、人のこころなのだ。悪魔は人のこころの中にのみ潜む。

精霊に、罪はない。


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