飯田下伊那の祭り暦
長野県の南部、飯田下伊那は民俗学的にみて祭り宝庫です。柳田国男(旧飯田藩士の家に養子に入ったことにより飯田下伊那との縁ができた)や折口信夫(釈超空)らがそれらの祭りを全国に紹介しました。
 ここでは、いくつかの祭りをリストアップしてみました。祭りの内容についても少しずつ紹介していきたいと思います。
月日祭り場所一言コメント
1/3お潔め祭り天龍村向方湯立て中心の祭りです
1/4冬祭り天龍村坂部湯立て中心の祭りです
1/14雪祭り阿南町新野中世の芸能の伝統を引くお祭りです。
2/3(立春〜)念仏回向売木村
2/7〜事の神送り飯田市子どもたちが中心のまつりです。
初午時又の初午飯田市時又別名、裸まつりとも呼ばれている祭りです。
4お練り祭り飯田市7年に一度行われる。大名行列、東野の大獅子が有名です。
4 第2土日黒田人形上演飯田市上郷飯田下伊那に残る人形座3つのうちの一つです。
5/3大鹿歌舞伎上演大鹿村200数十年の伝統を持つ歌舞伎です。村の人々が役者です。
8/13〜16念仏踊り阿南町和合
8/14〜16盆踊り阿南町新野3晩夜通しおどる盆踊りです。
8/22くれ木踊り泰阜村くれ木とは、江戸時代の年貢の一つです。
8/24早稲田人形上演阿南町早稲田飯田下伊那に残る人形座3つのうちの一つです。
10/6,8手作り花火清内路村長野オリンピックの閉会式で披露された花火。村の人の手作りです。
10 第3日曜大鹿歌舞伎上演大鹿村
10 中旬今田人形上演飯田市龍江飯田下伊那に残る人形座3つのうちの一つです。
12 第1日曜〜1/4霜月祭り南信濃村
上村
湯立て神事が有名です。

1.向方のお潔め祭り(おきよめまつり)
 天龍村の西部の向方地区に伝わるお祭りです。お潔め祭りは、向方の鎮守の天照大神社に伝わる湯立てを中心とした舞と狂言を合わせた総称です。
 この祭りは、決まった日に行うものではなく、遷宮の時または、国家の一大事や災害などの時にねがいを込めて行った呪術的な性格が強いものといわれています。口頭伝承のため史料はありません。

2.坂部の冬祭り
 坂部は、長野県と愛知静岡両県の県境地帯にある集落です。この地には、南北朝時代に住み着いた熊谷氏が書き残した「熊谷家伝記」という史料が残されています。それによると冬祭りは、熊谷家第3代の直吉によって正長2年(1429)にはじめられたとされています。
 祭りは、湯立て神楽を中心としたもので、大森山神社で1月4日の夕方に始まり5日の昼頃まで行われます。40数種類の舞や踊りが奉納されますが、特に注目されているのが「花の舞」と「面影の舞」です。
3.新野の雪まつり
 新野は、静岡県との県境に接した地区です。この地区で室町時代から鎮守の伊豆神社のお祭りとして伝えられてきているのが「雪祭り」です。この祭りが世に出るきっかけとなったのは、大正15年に折口信夫がこの祭りを見学し、「新野の雪祭り」として紹介したことです。折口は、この祭りの中に日本の芸能の源をみたといわれています。
 この祭りの起源は、土地の神に稲作を行うことの許しと、来る年の豊作を約束させるためにはじめたといわれています。
 Tanukingも小学生のころこの祭りを題材とした「きょうまんさまの夜」という童話を担任の先生に読んでもらい興味を持った覚えがあります。
 さまざまな舞や踊りが奉納されるまつりですが、「きょうまん」が一番のクライマックスといわれています。
 昭和52年5月17日に国指定の重要無形民俗文化財に指定されています。
shimotsuki 4.霜月まつり
 遠山谷では12月から1月にかけて霜月まつりと呼ばれる祭りが各地で行われます。この祭りは両部神道の流れを組む湯立て祭りです。貞観年間(859〜877)に宮中で行われた湯立神楽が原型のまま残されているといわれています。
 この祭りは江戸時代の有名な国学者本居宣長が「玉勝間」で紹介したことにより広く知られるようになりました。
 また、霜月まつりには、江戸時代の初め遠山谷を治めていて農民の抵抗により滅亡した遠山氏の霊を鎮める意味も込められているともいわれます。 余談ですが、
「この桜吹雪がめにはいらぬか!」
の決めざりふで有名な「遠山の金さん」もこの遠山氏の一族だそうです。
☆写真は、湯立のようすです。
oojishi 5.お練り祭り
 旧飯田市(飯田町)では、7年ごとの寅年と申年にお練りまつりがおこなわれます。この祭りは、大宮諏訪神社のお祭りです。この祭りは江戸時代の正徳年間に起源をもちます。
 写真で紹介しているのは、東野の大獅子で、明治の初めからこの祭りに参加しています。東野地区の方が出しているこの獅子は、長野オリンピックの閉会式に登場したので見た方も多いと思います。
 東野大獅子と共にこのまつりを象徴するものに、本町3丁目でだす「大名行列」があります。大名行列も明治の初めから行われています。その道具は、仙台伊達家、加賀前田家など格式の高い大名から購入したものです。ですから格式は、100万石の大名に匹敵するものです。(それを購入できた飯田町の商人の財力もすごいものがあります)
 昭和22年の飯田の大火以前は、山車も出たり、鹿島踊りという踊りも踊られていたりしていました。現在では旧飯田市のお祭りというより飯田下伊那のお祭りといった性格も併せ持っているお祭りになってきているような気がします。
6.新野の盆踊り
 阿南町の新野地区に室町時代以来続く盆踊りが残されています。この盆踊りは、8月14日〜16日まで3晩夜通しで踊るものです。笛も太鼓も三味線もなく音頭取りに合わせて踊るものです。
 伝承によれば、瑞光院の開山(享禄2年 1529)の祝いの際の踊りが起源であると言われています。