彼は
地底の奥深く
闇達が住まう薄暗い場所にいた。
岩の間を流れる微かな水音を聞きながら、現実と夢の狭間を彷徨っている。

彼は「王」と呼ばれていた。
暗闇の世界を統べる王。

彼の前では闇に生きる全ての者が頭を垂れ跪く。

彼は憂いの表情を浮かべながら、微かに眼を開く。
漆黒の絹の様な流れる髪のからは闇色の瞳が見え隠れする。
その瞳はまるで闇より生まれた暗黒の宝石の様であり、月さえ隠れた哀しい夜の様でもあった。

彼は再び夢の中へと旅に出る。

その紡ぎ出す夢は、遥か過去の真実。


白い世界。
ただ静かに平和が続く世界。
通り過ぎていく華やかな人並みの中で彼は誰かを捜していた。

人並みの中から彼に近づく光。
淡く輝く黄金の髪。全てを包み込む海の様な深い蒼の瞳。
光の住人のような青年は「彼」を見つけ優しく微笑んだ。

-ルシフェル-

優しく澄んだ声。
その声にルシフェルと呼ばれた彼は答える。

-ミカエル-

深く静かな声。
彼の闇色の瞳には優しい光が宿っている。
闇色の瞳、全てを包み込む優しい夜色の瞳。

-行こうルシフェル、長が僕たちを呼んでいる-


長が住まう白亜の神殿。
そこで光と闇の様な対照的な二人は片膝を大地に付けていた。

長と呼ばれた男からの言葉。

初めて知る隠された魔の世界。
暗黒の世界。
そこで起きている力を持つ者同士の醜い争い。

-大天使ニナレルチカラノ持チ主タチヨ。イズレカノ者ガカノ地ヘ赴キ、事ヲ治メヨ-

暫くの沈黙。

-僕が・・・-
-私が・・・-
二人の声が同時に神殿に響いた。

ミカエルはルシフェルに体を向けた。

-僕が行く。ルシフェルはこの世界を・・・-

その言葉を止めるように、ルシフェルは立ち上がった。

-私が・・・私が魔界へ赴く。ミカエルは大天使を凌ぐ力を持ち合わせている。
しかし、その神々しい光は、魔族達の敵対心を呷ってしまう・・・-

-それは、ルシフェル貴方も同じだ-

そう話すミカエルをルシフェル見つめた。

いつもと変わらない強い輝き。
何もかも全てを包んでしまう黄金色の光。
そして、蒼い、蒼い瞳。

ルシフェルは眩しそうに瞳を伏せた。

-違う・・・ミカエル。私は違うんだ-

私ニハ、ミカエルノ様ナ輝ク光ハ持ッテイナイ。
アルノハ、深イ闇ノ様ナチカラダケ。

ミカエル、君ニハ眩シイ光ノ中デ輝キ続ケテ欲シイ。


長は二人のやり取りを見つめていたが、ゆっくりと話を始めた。

-ルシフェル、魔界ヘ赴キ、全テノ者達ノ頂点トナレ。ソシテ、魔界ノ王トシテノ役目ヲ担エ-

その言葉にルシフェルは長に向かって頭を下げた。


天界の最果てに数人の天使達が佇んでいた。
剣を持つルシフェルの背後には、ルシフェルと共に魔界へ赴く六人の天使達が佇んでいる。

ルシフェルは純白の翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
足下には暗黒の大きな穴が口を開けている。


-我々は、魔族に知らしめる為にも神に背いて天から堕ちる-


ミカエルは蒼い瞳を曇らせ俯く。

-貴方の、貴方の黒髪に映える純白の翼は二度と見ることは出来ないのですね。
貴方の優しい夜の瞳を見ることは出来ないのですね・・・-

ルシフェルはミカエルに優しく微笑んだ。


-ミカエルの黄金の輝きは、永遠に私の胸の中に-


ルシフェルと六人の天使達は、魔界へ堕ちて行った。
純白の翼を暗黒の色に染めながら。


王は微睡みの中、夢を見る。
暗闇の洞窟の中、岩の間を流れる微かな水音を聞き、流れる黒髪を掻き上げる。
漆黒の翼を羽ばたかせながら。

遠い過去の現実を夢見る。

白く華やかな世界を。
輝ける木々や花々を。

強く輝き続ける黄金の髪を。
優しく細める瞳を。

大天使の蒼い瞳を。

永遠に輝き続ける黄金の光を胸に感じながら。







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