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エジプトぐるり周遊13日間

アレキサンドリア

12月2日(土)
 六日目  寝台特急のギザ着 5:30 → バスで アレキサンドリアへ カタコンベ → ポンペイの柱 → 国立博物館
 →昼食 → カイトベイの要塞 → カイロへ 金細工工房へ 夕食(和食のレストラン) その後 ホテルへ


カイロからアレキサンドリアへ向かう途中で
左は水煙草を吸うバスの運転手  右は現地ガイドのサムさん


カタコンベ(地下墳墓)
ここは紀元2世紀頃キリスト教徒の墓地であった。
墓は写真にある石棺に入れ地下にトンネルを掘って墓地を作り埋葬した
カタコンベは写真の左側の地下にある。

ポンペイの柱とスフィンクス
エジプトが飢饉になったとき、ローマのディオクレティアヌス帝(BC292年ころ)が食料を送ってくれたことを感謝して作った柱だとガイドさんは説明してくれた。
ガイドブックには図書館の柱という説明も乗っている。

社会見学で、ポンペイの柱を見学にきていた小学校5・6年生

アレキサンドリア国立博物館

カイロの考古博物館はカメラ持ち込み禁止であったが、この博物館はOK
しかしストロボ使用は禁止であった。

アレキサンドリアは地中海に面しているので
ギリシャ・ローマの影響が大きい
  左は第18王朝のアクアーテン
(アメンホテプ4世)
彼はツタンカーメンの父親。
 アムン神の神殿の神官の力が強くなりすぎたことを憂え宗教改革をしアテン神を信仰、首都をテーベからアマルナへ移したが、ついに暗殺され、アテン神の神官達が力をにぎるようになる。
 
右はアレキサンダー大王
(BC332年エジプトを征服)
やはりギリシャ彫刻という感じがする。


カイトベイ要塞
プトレマイオス朝(BC300年ころ)ここには高さ150mのファロスの灯台があった。この灯台は世界の7不思議に数えられていたが、その後倒れてしまった。
その後1500年ころここにスルタン カイト・ベイが要塞を作った。

金細工店へ

ツタンカーメン王の玉座の模型に座って

この日の夕食はカイロ市内にある日本人の経営しているレストランで
和食であった。 久しぶりの和食であった。
左は原野さん 右は宮本さん


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