Tarot FILES #2-4


 翌朝、タナカに見送ってもらって兵庫に戻る。退職してしまった自衛隊にはもう用事はないが、住民票を移していなかったから、もう一度戻って手続きをしなければならなかった。バスに乗り込むとき、タナカの顔を見ると、何だかその目がとても寂しそうだった。「もう二度と会えないんだ」といった感じに、何か訴えているように見えた。オレは手を差し出した。

 「これが最後のつもりじゃないけど、とりあえず。」

と言って手を握った。

 「じゃあ、また。」

 5時間の道のりで兵庫に戻り、その日のうちに市役所で手続きを済ませた。市役所の近くにある駐屯地を通りかかって、柵の外から中を覗いてみると、持続走の合宿をやっているのが見えた。この日、4月3日から始まったばかりのはずだ。退職してなければオレもこの合宿に参加していたかもしれない。ともに競い合った仲間たちにもう一度会いたかった。しかし、オレは立ち止まることができず、そのまま駐屯地を後にした。ランナーであったオレは、もう死んだのだ。

 翌日、4日の朝には故郷へ引き返した。その日はタナカは用事があるらしく会えないので、ハッサと会った。

 「今夜こそはうちに泊まってもらうよ。でも、その前に部屋を片づけなきゃね。」

 ハッサの部屋に連れて行かれて、オレも片づけを手伝うことになってしまった。確かに汚すぎる。足の踏み場もないというのはこういうことだと納得する。オレは自分の実家を思い出した。オレの実家も常にこんなだった。ただし、オレの部屋をのぞいては・・・・。

 「ちらかった部屋には悪霊がよってくるんだって。」

 あるいはその逆かもしれない。悪霊の住む部屋は散らかってしまうのかも。

 「気持ちの悪いことを言わないでくれよ。」

 ハッサは片づけをしながらあれこれと取り出しては、「ちょっと見てくれ」と差し出す。趣味で写真を始めたらしく、美しい写真を何枚も見せてくれた。ハッサが写真をやっているなんて知らなかった。また、昔の文集を見つけては、「こんなこともあったんだ。覚えてる?」なんて語り出す。「イモチャの事だに」なんて言われても、オレはすっかり忘れていたりする。「ちょっとこれを」と差し出されたノートには、高校時代に書いたと思われるいくつもの詩が書かれていた。そこには、オレの知らなかったハッサの過去があった。そして、ハッサは、当時何があったのか、初めて、オレに語り始めた。

 当時、ハッサはある神道系の新興宗教にのめり込んでいたと言う。それさえもオレは知らなかった。そして、時々行われる厳しい修行に耐え切れず、とうとう精神的におかしくなってしまったという。しばらく精神病院へ入院し、退院してからも通院生活が長引き、治療に努めていたらしいが、その時のつらかったことをいろいろと話してくれた。それは、あまりにも衝撃的な告白であった。

 今、ハッサは正常に戻ってまともな生活をしている。とても昔そんなひどいことがあったなんてことは想像もつかない。ただ、それを「まとも」と言うには一つだけ問題があった。

 ハッサはもう一つまた別の話をした。あれだけひどい目にあって懲りているはずの宗教に、今もまた頼り始めているらしいのだ。以前と同じ神道系だが、それとはまた別の新興宗教。ハッサは、「前とは違う」と言っているが、はたしてそうなのだろうか。宗教はある面で人を盲目にすることがある。

 どこか、違う。唯一、それだけが、今のハッサに感じる不安だった。このままでいいのだろうか? オレは宗教を悪と決め付けているわけじゃないが、オレ自身は決して宗教に入らないと決めている。そう心に決めておかないとすぐに宗教に助けを求めてしまうような弱い心だってことを知っていたし、宗教で自分を縛るのはどうしてもいやだった。他人が宗教をやることには少しも反対する気はない。・・・・ただ、今のオレは、愛を学びつつあった。愛が、すべての宗教の根元ならば、オレはどう動くべきか?

愛とは何か、試みの時が迫っていた。


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