Tarot FILES #2-8


 出発までは東京に住む友人ホマのアパートに泊めてもらった。8日に出発の予定が、トラブルで12日に延びてしまった。それでも無事アメリカに着き、慣れない土地での生活が始まった。弟に「兄は死んだと思え」と言ったように、オレは、日本人であった自分を殺し、アメリカで新しく生まれ変わろうと努めた。言葉はまったく理解できず、見るもの、出会う人々、すべてが新しく、本当に生まれたてのベイビーのようであった。日本との連絡は、たった一人ホマをのぞいて誰ともとらなかった。親はもちろん、タナカやハッサとも、弟妹たちとも連絡を取るつもりはなかった。オレは自由を求めていた。


 アメリカでの生活も2週間ほど過ぎたころだった。夜中に電話で起こされた。唯一の日本との連絡員、ホマからだった。ホマは感情を隠すような声で話した。

 「たぶんそっちは今、夜中だろうけど、オレのほうから電話をかけるんだからよっぽどのことだと思ってくれ。」

 オレたちは必要以外のことで連絡は取らないことに決めていた。オレのほうから日本のホマに電話をかけることは何度かあったが、まさかホマがオレに電話をよこすなんて思ってもみなかった。

 「驚くなって言っても無理だろうけど、落ち着いて聞けよ。」

 寝ぼけてはっきりしない頭にホマの声が響いた。

 「ハッサが、死んだ。」

 ホマはストレートにそう言った。その意味はストレートにオレの頭に入った。まるでごく日常の会話のように。

 ハッサはトラックの下敷きになって死んだらしい。

 人は誰でも死ぬ。オレはハッサの死の知らせに驚きもせず電話を切った。むしろ、その知らせに驚きもしない自分を疑った。

 親友の死。

 オレのことを「一番大切な友人」と言ってくれたハッサの死。

 なぜ、動揺しない? 死について・・・・そう、オレは自らの死を経験している。ランナーであった自分を殺し、日本人であった自分を殺し、過去を捨て去っていた。その過去の中に残してきたハッサの死など・・・・オレには関係がないというのか? 今のオレには答えは出せなかった。


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