Tarot FILES #3-2


愛車のテンポは昨日チューンナップとオイルチェンジをしてやったから、なかなか快調だ。こいつがなかったら夜中にロスの町中に出かけるなんて不可能だった。車で15分。占い師の住む豪邸に到着した。中に入ると大きなテーブルの前に座らされた。おそらくダイニング用だ。天井には豪華なシャンデリア。右手の壁には大きな棚があって、たくさんの置き物がある。そのうちのひとつに日本製のものを見つけた。今までいくつかのアメリカの家庭を見てきたが、日本のものはたいていどこの家にも見られた。正面の壁は全面が鏡になっている。時々家政婦が家の中を歩いているのを見かける。この暮らしぶりは、そうとうもうけているんだろうなぁ。

しばらくすると婆さんが現れた。黒い洋服を着たその婆さんがどうやら占い師らしい。オレの前に座り、カードを取り出すと、何も聞かずに切り始める。オレの話を聞かなくてもいいのかと思ったが、邪魔しちゃ悪いと思って黙って見ていた。やがて婆さんはカードを三つの山に分け、どの山が好きかと聞く。適当に一つ選んで指差した。婆さんはその山を手に取ると、やはり何も言わずに一枚一枚めくり始める。そして、一通り並べ終わるとカードを読み始めた。とても良いとか、とても悪いとか、女性が1人いるとか、それよりもっと重要な男性がいるとか言う。とにかく、運勢はとても良いのだが、おれを取り巻く悪運が強すぎるから問題だと結論づけた。はじめはまじめに話を聞いていたが、このあたりからどうも匂い出した。臭いぞ。

「何が望みですか?あなたは3つだけ望みを言うことができます。」
婆さんはそう言った。

「1つだけ。。。。占い師になりたいんです。あなたのようなタロット占い師に。」

「何故そのように思われるのですか?」

「1年ほど前のことなんですけど、神戸の大震災のときに、ボクはそこにいました。その時ボクの身の回りにいた人たちを占ってあげたことがあるんです。彼らは皆、先のことが不安で困っていましたが、ボクが占ってあげるとほんの少し元気を取り戻すことができました。その時から、なんとなく占いを続けてみようかなって思い始めたんです。」

「そうですか。それはきっと神があなたに与えた力なのです。」

婆さんはさらにカードをめくり続けた。

「やはりあなたには取り除かなければならない悪運が取り巻いています。私があなたの悪運を取り除いてあげましょう。」

「どうやって?」

「これから私はあなたのためにろうそくを買います。そして、教会へ行って3日間祈り続けます。その間私は何も食べずに、ただひたすら祈り続けるのです。」

いかにも辛そうな祈祷だ。ただではやってくれないだろう。あんのじょう、婆さんは300ドルの費用を要求してきた。300ドルだって!冗談じゃない。前にも同じ事があった。ずいぶん前のことだが、通りに面した小さな占いの館を訪れたことがある。あのときは5ドルという表示につられて入ったが、占いが進むに連れて100ドルを請求された。もちろん、「話が違う!」と言って、占いも途中で5ドルをテーブルに叩き付けて逃げ出した。あの時は何も知らなかったから驚いたが、今回はこういうことも予想はしていた。いわゆる霊感商法といわれるような詐欺の一種だ。正体見たり。もう、ここの占い師には用はなくなった。

しかし、オレはそのまま帰ろうとはしなかった。婆さんの説得に逆らいきれなかったのも確かだが、できるだけ長くここにとどまって婆さんの話を聞いてみるのも悪くないと思った。彼らの手口をじっくり研究してみる価値はある。

オレは「300ドルは払えない」と言った。オレは日本から来た学生で、今ここに300ドルも払えるほど余裕のある身分ではないと説明すると、それなら200ドルでどうかと言ってきた。200ドルなら別の方法で同じようにお払いができるらしい。

「あなたは将来お金持ちになれます。今ここで支払う200ドルなどすぐに取り戻せるのです。そのためには、あなたにはどうしても私の助けが必要なのです。」

オレは悩んだ。もちろん、このインチキ占い師の婆さんを信用し始めたのではない。オレはなぜここに来たのかを考え始めていた。すべては運命の導きによるものであるならば、それに無理に逆らうよりも、素直に流されてみるべきなのかもしれない。婆さんはやけにオレの金銭運の強さを強調する。カネの亡者らしいジャッジだ。だが、オレはカネに目がくらむような卑しさに自らが陥るのは嫌だった。200ドルは大きいが、その200ドルを勝ち取るために婆さんを打ち倒すのは、金銭欲に対する自らの敗北を意味しているように感じた。これは、運命の示した試練の一つだったのかもしれない。オレは、とうとう答えを出した。

「OK。でも、今ここには200ドルの現金もチェックもありません。どうすればよろしいでしょうか?」

「あなたの家はここから遠いのですか?」

「車で20分ほどですけど。」

「それなら、今から家に戻れば200ドルを用意できますね。あなたが帰ってくるまで待ちましょう。」

「分かりました。往復で40分。40分後に200ドルを持って戻ってきます。」

オレは見料の25ドルだけ払うと、とりあえずアパートに戻った。


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