Tarot FILES #1-1

審判の日 - 阪神・淡路大震災


「あの日」から毎晩、夢を見れば必ずその中で地震におそわれていた。それが夢なのか現実なのか、正確にはわからない。「あの日」以来、昼夜問わずひんぱんに余震は続いている。夜中に寝ている間に現実の地震を感じたのかもしれないし、やはり夢の中での地震に過ぎなかったのかもしれない。

「あの日」。それを「審判の日」と呼ぶことにしよう。なぜなら、オレは、あの恐怖の朝をむかえる前の夜、寝る前にこのカードを引いていたからだ。タロットカードの「XX 最後の審判」である。

「審判の日」とは、キリスト教で、神が万民を裁く日のことだ。新約聖書の「ヨハネの黙示録」にその内容が記されている。あらゆる災害が地上を襲い、人類の大半が死滅しまうというのである。

1月17日、早朝5時47分。想像を絶する激震が阪神地区を襲った。その瞬間、誰もが目を覚まし、パニック状態に陥った。オレはベッドから飛び起きたが、戸惑いのために立ちすくんだ。

冷静を取り戻せ!

よし「まず、何をすればいい? 地震だ! まず、何をすればいい?」と言葉に出して自らに問いかける。しかし・・・何も浮かんでこなかった。パニックで正常な思考を失っていたのではない。本当に、オレは何も知らなかったのだ。こんなときにどうすべきかという智恵も経験も、たった今この身に起った事態に対応すべきものは何ひとつ持ち合わせていなかった。過去に、長野県西部地震というものを経験したことはある。しかし、あんなものではない。これはまったく異質のものだった。こんなこと決してありえない・・・その時脳裏をよぎったのは、すべての崩壊。地殻変動で多くの陸地が海底に沈む姿・・・

「ジャッジメント・デイ!」

直感というものは恐ろしい。冷静を取り戻して考えてみれば、そんなバカな事が起るはずもないと思い直す。オカルト本の読み過ぎだ。

部屋の中は物が散乱してひどい状態だが、隊舎そのものには大きな被害はなさそうだ。一部、天井から水が滴り落ちているところがあったり、断水や停電といった被害も一時的にはあったが、すぐに復旧した。おそらく自衛隊はこのような災害に対処できるような独自のシステムを持っているのだろう。

部隊は即座に出動準備態勢を整え待機状態になったが、その時のオレたちの気持ちは、非常事態というにはあまりにも軽く浮ついていた。オレたちの味わった恐怖は、あの一瞬で終わってしまったからだ。すべてはあの一瞬で終わり、後はもう、いつも通りの一日が始まったようにしか思えなかった。それほど、オレたちの隊舎の窓から見える景色も、空も、穏やかで平和だった。その時のオレたちには、それしか見えなかったのだ。

全員が出動準備に取りかかっている中、オレは警衛の準備を始めた。よりによって、こんな日に警衛上番だなんて、皮肉な巡り合わせだ。みんなと一緒に災害救助に行きたいのに・・・その時初めて、オレは自分の気持ちがいつもと違うことに気がついた。

1ヶ月ほど前に引退を決意したが、それまでの約10年間、オレはランナーとして走り続けてきた。そんなランナーとしての厳しい競争社会の中、他人を蹴落とし、自分がトップにのぼりつめることだけを考えてきたオレが、自分のことだけを考えてきたオレが、初めて他人のために何かしたいと思い始めていた。いつも通りに見える平生の陽のもと、あの激震のショックのためか、オレの魂は明らかに何かが変わっていた。

西門の警備につき、出入りする人々を見ていると、やはりいつもとずいぶんと様子が違う。あわただしく緊急で出入りする人々や、官舎の様子を見に門を出ていく幹部連中。駐屯地内の自動販売機の様子を見に来る業者。ガス会社。

なぜかポリタンクを持って何度も出入りする人たちがいた。

駐屯地内は市の管理する水道とは別に独自の給水システムを持っているらしく断水は一時的なものですぐに復旧したが、駐屯地の外の市内全域、というよりも、神戸周辺の地域はすべて断水で、なかなか復旧しなかった。急な断水のために困った市民の一部が、駐屯地内で給水可能なことを知って、水をもらいに来ていたのだ。出入りするほとんどの人がポリタンクや水筒を持っている。正門とは違い、西門は通用門として使われているので、様々な人々が出入りし、それらを眺めているのは奇妙だった。

しばらくすると、駐屯地の水をつめた給水車が何度も出入りするようになる。災害派遣として、民間への給水支援を始めたのだ。他にも災害派遣の車両は次々と出て行くようになる。オレには彼らがどこへ行って何をするのかわからなかった。実際自分がこの大災害のまっただなかに立たされているのに、門の外の被害の状況はほとんどわからなかった。出入りする、いつもと違う人々を観察しながら楽しんでいた。

警衛所にはテレビもラジオもないから、口コミで途切れ途切れに情報が入ってくる。

「西宮は全滅や!」と興奮した口調で訴えて行く人や、

「電車がだめで、車で来たんですよ」とか言って緊急の入門許可を取る人、

「部隊はもう災害派遣で出ていきました?」と聞いてゆく人もいる。

できるだけたくさんの情報が欲しかった。そして・・・