Tarot FILES #2

[Farewell]


 「この前、ハッサと会って少し話をしました。イモチャがアメリカへ行く前に会ってゆっくり話がしたいって言っていました。」

 最近めったに手紙をよこさなくなったタナカから久しぶりに手紙が来た。ハッサのことが書いてある。しかし、ハッサもいいかげんなもんだ。オレは既に何度か手紙を書いてやったのに、一度も返事をよこさなかった。今になってようやく「話がしたい」だなんて。・・・・この4年間の、いや、それ以上の空白をどうやって埋め合わせようっていうんだ。

 とにかく、オレは1ヶ月間ほど休暇を取って故郷へ・・・・ただし、実家に帰るつもりはまったくない。仲間の待つ故郷、オレの記憶の中で化石となってしまっている故郷へ足を運ぶことにした。

 退職までの1ヶ月間をすべて休暇にするのはそう簡単ではなかった。1月に起こった地震の災害派遣がまだ続いていたからだ。幸い、持続走で優秀だったことや、長い合宿生活を送っていたこと、実家が遠いことなどを理由にどうにか休暇の許しを得ることができた。ただし、週に一度、部隊に戻って休暇の申請をしなおさなければならなかった。兵庫と長野の間を毎週、1時間かけて往復しなければならない。ハッサに会うために。会って話したい事は山ほどあった。

 オレたち3人は幼なじみってやつだ。小学校に入る前から高校を卒業するまでずっと一緒だった。それが今では3人ともまったく違った道を歩んでいる。タナカは信州大学の学生。現役で入ったから、この春卒業することになる。ハッサは高校を出てすぐ実家の花屋で働いてると聞いた。そして、オレは、ひとり地元を離れ、4年間、兵庫で自衛官をやっていた。金を貯めてアメリカへ行くつもりでいた。そして、その夢は実現しようとしている。

 もう実家には3年以上帰っていない。故郷の伊那谷へは何度も足を運んできたが、実家には決して近づかなかった。アメリカへ行く前にも帰るつもりはない。自由を欲すれば、そこはオレにとって牢屋のようであった。

 オレは伊那谷を愛している。久しぶりに故郷を訪れると、その冬の冷たく澄んだ空気と美しいアルプスの景色をゆっくり楽しんだ。それから、タナカとハッサに連絡を取り、再会を喜んだ。

 オレたちは、今までのこと、そして、これからのことをお互いに語り合った。

 タナカは高校の先生になるつもりなのだが、この年の採用試験には落ちてしまったらしい。それでも、うまい具合にチャンスをつかんで、卒業後の1年間は、ある高校で講師として仕事ができそうだということだった。

 ハッサは・・・・オレは、高校時代のハッサのこともよく知らない。なぜなら、当時、彼はかなりの期間、学校を休んで姿を見せなかったからである。どうも不可解な点が多く、その理由は今までずっと謎のままであった。その後のハッサは地元の人々と密着した生活を送っていた。それも、その活動の多彩さには驚く。

 実家の花屋を手伝うかたわら、将来は自立して農業をやるつもりで米屋でも働いている。小さいころから3人とも剣道をやっていたが、ハッサだけは今でも続けていて、今では先生として子供たちを教えているらしい。つい最近、その剣道クラブを含むスポーツ少年団の部長の役を引き受けたという。この若さではあまりにも大役なのだが、「何事も経験だ」と言うハッサにオレは賛成した。さらに、ある日は、消防団の制服で現れて、「今、練習の帰りなんだ」と言ってラッパを取り出す。消防団に所属し、ラッパ手をやっているらしい。そうかと思えば、そのままの服で、「ちょっと用があるんだけど」と言ってオレを車に乗せどこかへ行く。一緒に来てくれというから行ってみれば、どうもそこは政治的活動のミーティング所のようであった。そこでハッサは、そこにいた何人かの若者にオレを紹介した。

 「私の一番大切な友人です。」

 ハッサはそう言った。


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