洋雄兄のこと
兄の洋雄は、我が家の男子としてまちにまった男子でした。特別な扱いをされて、大きくされたと思います。それ故にやさしさはあるものの、手におえない息子でした。あの母にしてどうして育て方を間違えたのかと思います。雨が降って、学校帰りに傘のあるのは兄だけでした。姉と私は、何時もずぶぬれでした。傘を他人のひとに頼むのですが、兄の分だけ頼んだのです。母のやりかたに、姉と抗議いたしました。母は洋さ(兄のことですが)は、体が弱いからと言っておりました。それもあったとは思います。家の跡取息子ではありました。お前達女子は三界に家なしとも言いました。最後に帰るところは、この家であって兄のところだとも言いました。
子供心にも私は、母の言っていることに疑問を感じておりました。もしお嫁に行っても、兄の下に帰るものかと心に決めておりました。一度として帰りはしませんでした。姉たちもそうであったと思います。気の強い妹たちを持った兄はよかったことでしょう。叔父がありました。祖父にとつては長男であったのです。父が婿養子としてきた後に生まれた子供で、兄とは同じ年なのです。それ故に家にとっては大変なことが起きた訳です。冷静な祖父は叔父を廃嫡にしたそうです。なにかにつけて、風あたりは、幼き兄にあたったことでしょう。母は兄がいとおしかったのかも知れません。兄が戦争で留守の時、我が家が火事で焼けてしまいました。その時母は、火の燃え盛る中に飛び込んで、写真帖だけ出したのです。誰も知らないところで母は兄の面影に話しかけていたのかもしれません。兄の帰って来たとき母はもういませんでした。ただ兄は号泣するばかりでした。
伯父さんの写真が手元にないので久人さんにお願いしています。近日中に掲載します
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