| 07/7/10 佐渡島の北の果て 佐渡 紀行(6) |
No.326 |
三年連続の佐渡の旅です。
今年の旅のキャツチフレーズは、佐渡の北端、「秘境外海府海岸」を行くです。
目的地周辺へは、「佐渡金山」で有名な相川町より、青く青く澄んだ日本海を見ながらの快適ドライブとなります。
ただ、一部区間に、大型観光バスなどが通れない狭い個所があり、もっぱら少人数向けの旅行地と云えましょうか。
その為か、外海府海岸「大野亀」までの2時間ほどの間、日曜日と云いますのに、すれ違った車はわずか数台。
まさに、外海府海岸を“独り占め”、いや、“家族占め”のドライブでありました。
おヒマで、ドライブ好きな方には、超!オススメスポット・・・かと存じます。
「秘境外海府海岸」の感想は・・・“海の青さ”に感動!!!
(冬の厳しい雪の吹きつける外海府海岸も体験せず、感動!感動!と叫ぶのも、甘い?かとも思いますが・・) |
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ゴツゴツとした大きな岩が続く外海府海岸
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外海府海岸沿いの集落
日本海からの強風が吹き荒れる真冬に一度来てみたい。 |
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大野亀(亀形の大岩塊)
海の青さと透明度にはビックリ! |

昼食で頂いた イカソウメン定食
‘焼き魚’‘にしめ’もついて1.600円也
特に、カラッと焼かれた‘焼き魚’は一級品
食事処「みなと」(外海府 高千)
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| 07/5/24 『大出の吊り橋』をスケッチ(白馬村) |
No.319 |
「息を呑むような・・」とか、「絵に描いたような風景・・」とは、こんな場所のことを言うのでしょうか?
「竹内 徹 スケッチ研究会」で訪れた白馬村大出は、まさに、そんな風景が拡がっているのです。
主役は、青空に映える残雪の白馬の山並み。
脇役には、木製の吊り橋に茅葺き屋根の民家。
隙(すき)のない配置構成に脱帽。。。
絵や写真愛好家の方々で、白馬村大出を知らない人は、「もぐり?」とも云われています。
(私の推量では・・・)
まあ、こんな有名なスポットでのスケッチでしたが、この「感動」を、どう表現して良いものやら・・・
「感動」はしても、表現する技術が伴わない私。。。
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白馬村大出には、県内外より 多くの絵、写真愛好家の方々が訪れていました。
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木崎湖畔にある旅館『だるまや分館』さんは、「竹内 徹絵画研究会」の「常宿(じょうやど)」です。、
この冬の写生旅行でも、お世話になりました。
宿は、昭和三十年代に建てられたと云った感じの木造づくり、
玄関先には、これ見よがしの大きなツボも、熊のハク製もありませんし、もちろん、受付のお嬢さんもおいでになりません。
ここを常宿としている客は、大声で「こんにちは〜」と来館を告げますと、、宿の愛想の良いおかみさんが、厨房横の扉から、「いらっしゃいませ〜」と顔を出され、受付終了と云うシステムなのです。(正に、これぞ
アイコンタクト・・)
住所、氏名、年齢など、いちいち記入しなくても、絵画研究会御一行様何名でOKなのです。。(幹事さんは大助かり・・)
雪景色を描きたい人にとって、この宿屋の魅力は、何と云っても、部屋から、木崎湖と北アルプスの山並みを、居ながらにしてスケッチ出来きる所です。
白馬方面へも車で15分ほどで行け、格好の拠点宿になると思います。
「常宿」で思い出されるのは。。。
映画「男はつらいよ」で、「寅さん」や、テキ屋仲間の「関 敬六さん」らが利用された商人宿です。。。
宿の二階から「寅さん」が、階段越しに、「おばちゃ〜ん!お銚子をもう一本・・・」と云う声が、今にも聞こえそうな「常宿」でした。
昔、私の家の近所にあった商人宿も、「ケロリン」などの配置薬を、各家庭に売りに来た「越中富山の薬売り」さんが利用された「常宿」でした。
富山の薬売りさんは、配置薬のオマケに、「紙風船」を置いていかれたものです。
粗末な紙風船でしたが、子供心に、ワクワクするオマケ品でした。(脱脂粉乳世代には、なつかしい思い出・・)
こんな庶民が利用する「常宿」と違い、テレビの旅番組が取り上げる「常宿」は、
「文豪 ○○先生が、この宿で、あの名作○○を書き上げられました」などと云う、やんごとなき名門旅館が多いようです。
(窓の外には、伊豆の海がひろがり、遠くには富士山が。。。間違えても、ネオン街は見えない!)
「寅さん」や「越中富山の薬売り」さんが利用した「大衆常宿」は、もう、映画や小説の世界にしか存在しえないのかもしれません。
木崎湖畔『だるまや分館』さんは、すくなくとも、昔なつかし「大衆常宿」の趣(おもむき)を残した、数少ない宿ではないかと思います。(宿泊代もリーズナブルですし・・・)
★写真及びスケツチは、白馬のジャンプ台です。
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| 06/8/31 絵には、『引き算』が大切 |
No.278 |
第3回全国公募『信州高遠の四季展』が、高遠美術館を中心に開催されました。
展覧会オープンの日、幸いにも、審査員の、
寺坂公雄先生(日展評議員)に、作品を見て頂くことが出来き、いくつかご指摘を頂きました。
★絵には、『引き算』が大切。
★同じ強さで描かない。退く所は、退く。
★水平線など、決める所は、ピシッと決める。
そうですね。 私は、絵を始めたうれしさからか、目の前に見えるものは、山も、川も、木も、何でもキャンパスに描き写したくなってしまうのです。
『足し算』ばかりで、『引き算』がないのです。
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桑畑の前に置かれたリヤカー。
日当たりの良い土手にはフキノトウ。
空き地に、農機具でも入れるのでしょうか、ビニールハウスが。。。
こんな風景、ちょつと前まで、日本の農村では、どこにでも見られましたよね。
「上のような風景が、東京のど真ん中にあるのです。
皇居勤労奉仕団で、『赤坂御苑』を訪れたおり、まさに、日本の原風景に遭遇したのです。
『赤坂御苑』と云えば、天皇・皇后両陛下主催の「園遊会」でおなじみの場所です。
そんな、華やかで、やんごとなき場所に、桑園があったり、リヤカーやビニールハウスがあったりするのです。
昨年、京都御所の松の木の根元で、キノコの群生を発見した時、とてもビックリしたのですが、『赤坂御苑』での、農村風景の発見?これも、大ビックリでした。。。
『赤坂御苑』の桑(上のスケッチ画)は、皇居内の紅葉山のご養蚕所で利用されるそうです。
皇后美智子様が、実際に、お蚕を
お手に取られ、養蚕されておられると思うと、何んだか不思議な気持ちになります。
かって、全国一、二をあらそう養蚕県といわれた信州でも、養蚕農家は少なくなり、お蚕を見たり、触ったりすることも出来なくなりつつあります。
将来、日本で、養蚕風景を見られるのは皇居だけ・・・になってしまうのでしょうか。。。
★上記の文章中に、敬語の使い方等に、不行き届きの点がございましたら、謹んで深くお詫び申し上げます。

赤坂御苑の日当たりの良い
土手には、フキノトウの群生が |

桑畑とビニールハウス。
男性は、ピニールの張り替え、女性は草取りをしました。 |
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所用で安曇野市を訪れたおり、ちょうど、2時間ほどのフリ−な時間がありました。
「どうしょう」−−−「初冬のワサビ畑も良さそうだし」、「穂高神社で、家内安全の祈願もしたいし」、「穂高温泉郷の野天風呂も魅力的だよなあ〜」−−−
いろいろ迷ったすえ、碌山美術館へ。。。
小さなスケッチ帳を開き、落書きをしていますと、美術館の前庭では、2〜3歳の幼児たちが、『ドラえもんの絵描き歌』なのでしょうか?、大きな声で歌いながら、地面に何やら絵を描いていました。見守っているお母さんも、お絵かき
をしている子供さんも、とっても楽しそう。。。
しばらくして、今度は、中学生の一団が、竹箒で、美術館周囲の落ち葉かきを始めました。男の子も、女の子も。。。
お伺いしてみますと、おとなりの『穂高東中学校』の生徒さん。平日は、毎日、ボランティアでお掃除をされているとのこと。。。
萩原守衛(碌山)、きっと喜んでいるでしょうね。自分の作品が展示されている美術館の庭で、幼児たちは、楽しげに地面に、お絵かき、中学生の生徒さんは、落ち葉かき・・・
久しぶりの碌山館、期待に違わず、楽しい時間を過ごすことが出来ました。
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尖り帽子の屋根 |
白樺と煉瓦造りが、とってもマッチしている
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竹内絵画研究会の冬恒例の写生会へ、ご一緒させて頂きました。
行き先は白馬、大町です。
今年の冬は、各地で観測史上最高の積雪が観測されたとの報道もありましたが、
目の当たりに、背丈をこえる雪を見て、もう、ビックリでした。
同じ信州でも、私が住んでいる駒ヶ根市では、どこを見渡しても積雪0メートル。さすが、南北200キロの信州ならではのことですね。
こんな大雪にも、「まあ、雪も天候のうち・・・」と、いたって前向きなメンバー各位は、雪上に三脚を立て、キャンパスに向かうのでありました。
雪の中での挑戦の結果は下のごとくです。(疲れました)
今回も、現場で絵を描く楽しさを再認識させて頂いた写生旅行でありました。。。
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防寒具を身にまとい キャンパスに向かう |
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西伊豆の井田集落は、沼津市内から車で90分、海岸に張り付いたような小さな集落です。
【美しい日本のむら景観コンテスト】では、『全国農業協同組合中央会長賞』を授与されたそうです。
ここでは、全ての田で稲作がされ、田の中を走る道もあえて舗装せず、土のままにしています。
景観形成は、お金をかけなくても、充分出来るんですね。。
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井田集落と富士山を描いてみました。
穏やかな気持ちになれる風景です。 油彩F30号 |
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早朝の井田の海岸で、「ボーッと」富士山を見とれていましたら、
原チャリに乗った漁協青年団の方?が、「海辺への駐車、500円で〜す。」
と、すっ飛んで来られました。こんなに朝早くから、「何だか興ざめ・・・」
平地が少ない井田の集落では、やむをえない ことなのでしょうねえ。
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『兎追いしかの山、 小鮒釣りしかの川、 夢は今もめぐりて、 忘れがたき故郷。。。』
文部省唱歌の「故郷」(高野辰之・作詞 岡野貞一・作曲)一節です。
近頃、駒ヶ根市周辺では、小川もコンクリートで固められ、鮒(ふな)もドジョウ住みにくく、山は山で、鹿に若木が食べられ、里地、里山も昔の面影はなくなっています。
秋のお祭り頃、駒ヶ根市の各家庭では、『こぶな』の甘露煮が食卓に上がります。小さな『こぶな』を煮たものですのが、肴にはなかなかの一品です。
しかし、この『こぶな』も『小鮒釣りしかの川』産でなく、減反政策による休耕田養魚池産のものですが。。。
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『こぶな』の養魚場 10号油彩
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