私のスケッチ2007年度以前


佐渡島の北の果て 佐渡 紀行(6)より

三年連続の佐渡の旅でした。
今年の旅のキャツチフレーズは、「佐渡の北端、秘境外海府海岸を行く」です。
目的地周辺へは、「佐渡金山」で有名な相川町より、青く青く澄んだ日本海を見ながらの快適ドライブとなります。
ただ、一部区間に、大型観光バスなどが通れない狭い個所があり、もっぱら少人数向けの旅行地と云えましょうか。
その為か、外海府海岸「大野亀」までの2時間ほどの間、日曜日と云いますのに、すれ違った車はわずか数台。
まさに、外海府海岸を“独り占め”、いや、“家族占め”のドライブでありました。
おヒマで、ドライブ好きな方には、超!オススメスポット・・・かと存じます。
「秘境外海府海岸」の感想は・・・“海の青さ”に感動!!!
冬の厳しい雪の吹きつける外海府海岸も体験せず、感動!感動!と叫ぶのも、甘い?かとも思いますが・・・・


外海府海岸沿いの集落
日本海からの強風が吹き荒れる真冬に一度来てみたい。



ゴツゴツとした大きな岩が続く外海府海岸


大野亀(亀形の大岩塊)
海の青さと透明度にはビックリ!


昼食で頂いた イカソウメン定食
‘焼き魚’‘にしめ’もついて1.600円也
特に、カラッと焼かれた‘焼き魚’は一級品
食事処「みなと」(外海府 高千)



07/5/24  『大出の吊り橋』をスケッチ(白馬村) No.319

「息を呑むような・・」とか、「絵に描いたような風景・・」とは、こんな場所のことを言うのでしょうか?
「竹内 徹 スケッチ研究会」で訪れた白馬村大出は、まさに、そんな風景が拡がっているのです。
主役は、青空に映える残雪の白馬の山並み。脇役には、木製の吊り橋に茅葺き屋根の民家。隙(すき)のない配置構成に脱帽。。。

絵や写真愛好家の方々で、白馬村大出を知らない人は、「もぐり?」とも云われています。(私の推量では・・・)
まあ、こんな有名なスポットでのスケッチでしたが、この「感動」を、どう表現して良いものやら・・・
「感動」はしても、表現する技術が伴わない私。。。感動は猿でも出来るって??

白馬村大出には、県内外より
多くの絵、写真愛好家の方々が訪れていました。

07/1/23 「寅さん」が利用した「大衆常宿」? No.301

木崎湖畔にある旅館『だるまや分館』さんに、 この冬も、写生旅行でお世話になりました。
宿は、昭和三十年代に建てられたと云った感じの古〜い木造づくりです。
ですから、もちろん、受付のお嬢さんもおいでになりません。

お客さんが、「こんにちは〜」と来館を告げますと、、愛想の良いおかみさんが、厨房横の扉から、「いらっしゃいませ〜」と顔を出され、受付終了と云うシステムなのです。(正に、これぞ アイコンタクト・・)

絵を描きたい人にとって、この宿の魅力は、何と云っても、部屋から、木崎湖と北アルプスの山並みを、居ながらにしてスケッチ出来きる所です。 白馬方面へも車で15分ほどで行け、格好の拠点宿になると思います。

「常宿」と云えば、『映画・男はつらいよ』で、「寅さん」や、テキ屋の仲間の「関敬六さん」らが利用された商人宿。。。夕食時には、宿の二階から階段越しに、「おばちゃ〜ん!お銚子をもう一本・・・」と云う声が聞こえ、どこか懐かしさ溢れる宿でした。。
もうそんな「常宿」は、映画や小説の世界にしか存在しないのでしょうね。。
木崎湖畔『だるまや分館』さんは、すくなくとも、昔なつかし「常宿」の趣(おもむき)を残した、数少ない宿ではないかと思います。(宿泊代もリーズナブルですし・・・)



07/1/4 『富士塚』・・・富士浅間信仰(せんげんしんこう) No.297

お正月は、家で、駅伝を見たり、サッカーを見たりと、
スポーツ観戦三昧(ざんまい)の毎日でした。
こんな生活を送っていたためか、体の調子が今一つ。
運動不足解消に、東伊那の『富士塚』周辺を散策しました。

『富士塚』とは、江戸時代、富士浅間信仰(せんげんしんこう)の本体、富士山に登ることが叶わない庶民が、富士山と同じような円錐型の小山を造り、信仰の対象としたものなのです。
東京周辺には、今でも沢山の『富士塚』が残されているそうですが、私の住んでいる駒ヶ根周辺では、この「山田の富士塚」が、現存する数少ない塚の中の一つです。

『富士塚』へ登るのに、もちろん入山許可証など必要ありません。一合目より登り始めて、10秒もあれば、登頂成功!と云った塚です。(高さ7b、直径21b)
今は、木々に覆われ、案内板が無ければ、これが、富士塚とは気がつきません。
このように小さな『富士塚』ですが、私たちの祖先は、どんな願いを込め、塚に登り、山の神にお祈りしたのでしょうか?
居ながらにして、テレビの画像を通し、富士の初日が見られる私たち・・・
便利だけで良いものだろうか?などなど考えながら、今年初めてのスケッチにも挑戦する私です。。。

木々に覆われた「山田の富士塚」


06/8/31 絵には、『引き算』が大切 No.278

第3回全国公募『信州高遠の四季展』が、高遠美術館を中心に開催されました。

展覧会オープンの日、幸いにも、審査員の、寺坂公雄先生(日展評議員)に、作品を見て頂くことが出来き、いくつかご指摘を頂きました。

★絵には、『引き算』が大切。
★同じ強さで描かない。退く所は、退く。
★水平線など、決める所は、ピシッと決める。

そうですね。 私は、絵を始めたうれしさからか、目の前に見えるものは、山も、川も、木も、何でもキャンパスに描き写したくなってしまうのです。
『足し算』ばかりで、『引き算』がないのです。




06/7/17  「モデルをよく見て描く・・・」 No.273

裸婦のデッサン会が、この連休に伊那市で開かれ、私も参加させて頂きました。
デツサンのうちでも、モデルさんの美しい体の線を、瞬時に写し取る、クロッキーには、いつものことながら大苦戦いたしました。

人物って、いつも見慣れているためか、顔、胴、手足と、「まあ〜こんなものか・・」と、安易に描いてしまうのです。

デツサン会の講師、K先生のお話では、「頭で描かない・・・」「モデルをよく見て描く・・・」
そうなんですよね。「よ〜く、よ〜く見ると・・・」口は一つに、目は二つではないかもしれません。ひょつとしたら、どこかに第三の目だつてあるのかもしれません。(怪談話みたい・・・)

私も、この頃、お歳のせか、何事も、先入観にとらわれすぎているようです。
頭だけで考えてはいけませんよね。反省。。。
★上はモデルさんを描いたものです。こちらを振り向かれたら、目が・・・


06/6/28 サインはV?。。。 No.269

日頃の生活でサインする事ってけっこう多いものですよね。
市町村、金融機関の窓口での各種申請はもちろんのこと、
近頃では、寄付をするのにもサインを要求されることがあります。(とまどってしまう・・・)
サインの目的はともかくとして、日常的には、サインは、
「私は○野○郎です!」が「ハッキリ、クッキリ」判断できれば、目的達成。。。

テレビの人気番組『開運!なんでも鑑定団』で、自信満々に、「横山大観」などの巨匠の掛け軸をたずさえ登場した依頼人が、まったくの偽物と鑑定され、言葉を失うシーンを良く見受けます。(そこが面白いのかも?・・・)

いくら依頼人が、「ハッキリ、クッキリ」横山大観さんのサインが書かれていますと、主張されましても、
女性鑑定人「安河内先生」は、目を皿のようにして、サインの運筆がどうの、落款がどうのと鑑定され、愁いを含んだ表情で、「残念です・・・」が多いようです。。。

先日、全国公募『信州高遠の四季展』の審査が行われ、ボランティアでお手伝いをしました。(写真)
そのおり、たまたま、絵画のサインが話題となりました。
審査員のお一人、寺坂公雄先生(日展評議員・光風会常任理事)のお話なのですが、とても、印象に残りましたので、幾つか紹介させて頂きます。

★「サインの書き方も、作品の善し悪しの判断材料の一つ」
★「サインの大きさ、納まる位置は、おのずから決まる」
★「私が!私が!と云う自己主張型サインは疑問符(ぎもんふ)」 等々。
サインはV? いや、サインは「ハッキリ、クッキリ」の私には、「目から鱗が落ちる」思いでした。。。



碌山美術館 - 安曇野市 05.11


所用で安曇野市を訪れたおり、ちょうど、フリ−な時間がありましたので、碌山美術館へ。。。

小さなスケッチ帳を開き、落書きをしていますと、美術館の前庭では、2〜3歳の幼児たちが、『ドラえもんの絵描き歌』なのでしょうか?、大きな声で歌いながら、地面に何やら絵を描いていました。見守っているお母さんも、お絵かき をしている子供さんも、とっても楽しそう。。。
しばらくして、今度は、中学生の一団が、竹箒で、美術館周囲の落ち葉かきを始めました。男の子も、女の子も。。。

お伺いしてみますと、おとなりの『穂高東中学校』の生徒さん。平日は、毎日、ボランティアでお掃除をされているとのこと。。。

萩原守衛(碌山)、きっと喜んでいるでしょうね。自分の作品が展示されている美術館の庭で、幼児たちは、楽しげに地面に、お絵かき、中学生の生徒さんは、落ち葉かき・・・

久しぶりの碌山館、期待に違わず、楽しい時間を過ごすことが出来ました。


白樺と煉瓦造りが、とってもマッチしている


  豪雪の白馬を行く 06.1.
竹内絵画研究会の冬恒例の写生会へ、ご一緒させて頂きました。
行き先は白馬、大町です。

今年の冬は、各地で観測史上最高の積雪が観測されたとの報道もありましたが、 目の当たりに、背丈をこえる雪を見て、もう、ビックリでした。
同じ信州でも、私が住んでいる駒ヶ根市では、どこを見渡しても積雪0メートル。さすが、南北200キロの信州ならではのことですね。

こんな大雪にも、「まあ、雪も天候のうち・・・」と、いたって前向きなメンバー各位は、雪上に三脚を立て、キャンパスに向かうのでありました。
雪の中での挑戦の結果は下のごとくです。(疲れました)
今回も、現場で絵を描く楽しさを再認識させて頂いた写生旅行でありました。。。





防寒具を身にまとい キャンパスに向かう


スケッチ帳は楽我喜帳(らくがきちょう) 05/5

NHKの「列島横断 鉄道12,000キロの旅〜最長片道切符でゆく」という番組をご覧になった事がありますか。
旅人は、関口知宏さん(関口宏さんの息子さん)なのです。
彼が旅の途中で描くスケッチ画が、とっても楽しそうで、また、ほのぼのとしていて、とても良いのです。

最近私も、関口知宏さんに感化され?、小さなスケッチ帳を購入し、中央、南アルプスや、梨、リンゴの花などを描いています。関口知宏さんのように、楽しくスケッチが出来たら良いなのになあーと思うのですが、なかなかそうは行きません。難しいものです。
スケッチについて、川上一巳岡山大学名誉教授より、とても興味深い話をお伺いした事があります。
それは、写生会でご一緒させて頂いたおり、先生がスケッチしながら、ニコニコ嬉しそうに、「スケッチ帳とは、落書き帳→楽我喜帳(らくがきちょう)とも言うのですよ。」との一言です。
なるほど、スケッチをすると云う事は、読んで字のごとく、「我が、楽しく、喜ぶ」と云う事なのですね。
ちなみに、故中村啄二画伯は「絵を描いている事が楽しいのであって、完成した絵は、画家にとっては滓(カス)なんだ」と云われたそうです。



  井田の集落 西伊豆 05.7.
西伊豆の井田集落は、沼津市内から車で90分、海岸に張り付いたような小さな集落です。
【美しい日本のむら景観コンテスト】では、『全国農業協同組合中央会長賞』を授与されたそうです。

ここでは、全ての田で稲作がされ、田の中を走る道もあえて舗装せず、土のままにしています。
景観形成は、
お金をかけなくても、充分出来るんですね。。

井田集落と富士山を描いてみました。
穏やかな気持ちになれる風景です。  油彩F30号


  こぶな養魚養池 駒ヶ根市中割 .05..6
『兎追いしかの山、 小鮒釣りしかの川、 夢は今もめぐりて、 忘れがたき故郷。。。』 文部省唱歌の「故郷」(高野辰之・作詞 岡野貞一・作曲)一節です。
近頃、駒ヶ根市周辺では、小川もコンクリートで固められ、鮒(ふな)もドジョウ住みにくく、山は山で、鹿に若木が食べられ、里地、里山も昔の面影はなくなっています。
秋のお祭り頃、駒ヶ根市の各家庭では、『こぶな』の甘露煮が食卓に上がります。小さな『こぶな』を煮たものですのが、肴にはなかなかの一品です。
しかし、この『こぶな』も『小鮒釣りしかの川』産でなく、減反政策による休耕田養魚池産のものですが。。。


『こぶな』の養魚場  10号油彩


学生時代以来、久しぶりの裸婦デッサン会 04/7

先週に続き、今週も人物デッサン会に参加して来ました。前回はコスチュームモデル(着衣したモデル)でしたが、今回は裸婦をモデルにしたデッサン会でした。
裸婦を描くのは、学生時代以来、久しぶりの事で、張りきって描いて見たのですが、なかなか思うようには描けません。

デッサン会では、クロッキーに挑戦して見ました。
裸婦のクロッキーとは、モデルの方に、いろいろなポーズをして頂き、一定の時間内に速写する事ですが、。今回は、3分ポーズを7回描きました。
短い時間で、人体のムーヴマンを表現するのは、大変な作業ですが、勉強になりました。

人物画で好きな画家と云えば小磯良平です。1957年から59年にかけて朝日新聞に掲載された連載小説「人間の壁」(石川達三著)の挿絵が、小磯良平のものでした。
私は、挿絵を毎日切り抜き、スクラップブックに保存した記憶があります。余分な線を排除し、突き詰めると、あんな見事な素描になるのですね。

私は、近頃、キャンパスに向かう事が多くなったのですが、人のお話では、絵を描のは、ボケ防止のため、最高な作業だそうです。そろそろお歳の私も、ガンバロウ!っと。。


 「川上一巳先生人物画教室」 信州高遠美術館主催 04/5  

岡山大学名誉教授 川上一巳先生の「人物画クロッキーの実技」教室に参加させて頂きました。(左の写真)

私、学生時代 、縁あって、川上先生が名誉教授をされている大学の美術同好会に所属していた事があります。
今回の講座は、絵に熱中していた若い頃を思い出し、少し“センチな気分”にもなりました。

講座では、先生は、小学生の方をモデルに、楽しい会話をしながら、デッサンされ、出来上がった作品は、モデルになった子供さんにプレゼントされていました。

地元の岡山県でも、先生は、子供さんをモデルに人物画を描き、その絵を子供さんにプレゼントされ、絵画の普及活動に貢献されているそうです。頭の下がる思いです。


 60歳を前にして「油絵に挑戦! 03.8

飯田市に、かって90歳を過ぎても、なお、お元気で弓を引かれた下村先生と云う弓士がおいでになりました。

先生のお話もなかなか面白く、ある弓道大会で『佛と云う字は、人が弓を引く所を表しています。一生懸命、弓を引けば、仏様の元に行くことが出来ますよ』と云うお話は、今でも記憶に残っています。

お歳を取られても、元気で、明るく、楽しく、弓を引かれる先生の姿には、どんな事でも、継続する事の大切さを教えて頂いたような気がします。『昔、何をやっていた』ではなく『今、何をやっている』かが問題だと云う事を先生は具現されていたように思います。 

私も、『第2回信州高遠の四季展』に感化され、いよいよ油絵に再挑戦!!!
如何な事になりますやら。。。



竹内徹美術館 高遠町 03.8

『第2回信州高遠の四季展』を見学して来ました。
この展覧会には、南は岡山から北は岩手まで、全国各地からの出品があり、作品は信州高遠美術館をはじめ、竹内美術館、高遠町の公共施設、商店内等に展示されています。

数カ所の展示場を見て回ったのですが、同じ信州高遠の街並み、自然を表すにしても、ある人は、キャンパスにさらっとした薄塗りで街並み表現し、またある人は、ペインティングナイフを使い、濃いピンク色の高遠の桜を見事に表現するなど、人それぞれ表現の仕方が違い、面白いものだなあと感心した次第です。

最後に訪れた竹内徹美術館は、一水会会員の竹内徹氏が、私設美術館として平成5年にオープンしたものです。アプローチからは、穏やかな高遠の田園風景が眺められ、一度は訪れて見たい美術館です。

私も『第2回信州高遠の四季展』に感化され、30年ぶりに、学生時代に使っていた、油絵具やキャンパスを物置から引っ張り出し、油絵を、またやってみようと思う今日この頃です。
上の写真は『第2回信州高遠の四季展』の入場券に描かれた竹内徹氏の絵画より。


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