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俯いたままの綺羅の左手が自分の右手を動かした螺夜の手首をぐっと掴む。
そして、綺羅は螺夜の方へゆっくりと俯いていた顔を上げた。
「・・・!!」
その瞬間、綺羅の瞳は優しく深い紫の瞳から、血の様な紅色に変わる。
「・・・螺夜、・・・すみません。体が自由に動くことが出来ません。・・・額が・・・熱く・・・疼いて・・・」
再び綺羅の瞳を見つめた時には瞳はいつもの紫色へ戻っている。
「・・・綺羅、呪文をかける。悪いがそのまま大人しくしていてくれ」
綺羅は頷くように瞳をゆっくりと閉じる。
螺夜は左手をそっと綺羅の額へかざし、ポツリポツリと何かを唱え始めた。
それはこの大陸、ティア大陸の人族語、西方語、東方語、古代からの言語の古代語、上位、下位古代語とはほど遠く、近くで見守る伏見には理解出来ない言葉だった。
優しく詩を呟く様に螺夜は呪文を唱える。
その姿を見ていた黒栖は空間の壁に寄り掛かり、自分の唇に左指を置いた。
その黒栖の紅い妖眼の瞳が輝く。
「これは・・・古代魔族語・・・か」
人族語、古代語の他にも種族特有の言葉がある。
古代魔族語も魔族のみが使用する言葉の一部であり、あまりにも上質かつ高貴な言葉のため、高位魔族ではないと唱える事すら出来ない。
螺夜は詠唱後、大きな溜息をついた。
そして、額にある左手をゆっくりと動かすと、額には以前の様に紅い色の正三角形の印が飾られていた。
綺羅はゆっくりと瞳を開く。
「もう、大丈夫のようです。・・・助かりました、螺夜、伏見」
にっこり笑みを浮かべる綺羅に安心して伏見は瞳を細めた。
「急に額が疼きだして分からなかったのですが、他に誰かここへみえていたのですか? 他にとても強大な魔族の気配を感じたのですが」
「お帰りになったよ。それも丁重に」
その声に綺羅が振り向く。
そこには人なつこく笑みを浮かべる黒栖がいる。
「ここは俺の空間だからね。勝手に来たヤツは誰であろうと丁重にお帰り頂く」
微笑みを浮かべ続ける黒栖の顔に殺気が微かに見え隠れする。
「賢者の印を持つ王子様。螺夜にとっても邪魔になっているのは間違えない。でも、簡単に殺してしまうより生きていた方がこれから面白くなりそうだ。
・・・とりあえず今は生かしておいてやるよ。でも、螺夜が傷つくような事があれば容赦しない・・・殺すよ」
黒栖は紅い瞳で綺羅に向けて一段とにっこりと微笑んだ。
空間は徐々に歪み始める。
そして、広がっていく紅い暗闇。
その紅に飲み込まれるように黒栖の空間は消えていった。
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