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若者はビクッと体を震わせ瞳を開いた。
そして、剣の柄に飾られている深い青の宝石のような瞳で辺りを見渡す。
「・・・父上」
そう呟くと哀しそうにため息を付き、再び瞳を閉じようとした瞬間、若者の体に緊張が走った。
「・・・現れる」
砂に埋もれていた街の瓦礫は一瞬にして元の栄えていた街に戻り、人々が溢れ出す。
若者は街の中の路地に座り込んでいた。その周りをディル・ウォーグの人々が行き交っている。
若者はすっと立ち上がり、ある方向を目指して足を向けた。
人々の賑わう街を通り過ぎ、街の中心部へと歩く。
中央道路へ抜け、正面に宮殿、氷樹殿が見える。
若者はふと動く足を止め、懐かしい物を見るように笑みを浮かべた。
「・・・氷・・樹殿」
とその時、この平安を切り裂くような悲鳴が街中に響く。
人の様な二本足で立ち上がる姿をした魔物が街の中に忽然と姿を現した。
魔物達は逃げまどう人々を殴り、引き裂き、辺り一面は血の海へと変わっていく。
若者は手に持つ剣を、颯爽と抜き、今にも子供に襲い掛かろうとする魔物を切り裂いた。
切り裂かれた魔物は、剣で出来た傷口から凍り始め、魔物全体を包み込んだ。
そして、魔物は薄いガラスが割れ落ちるように姿を消していった。
若者は魔剣「吹雪」を構え正面に見える氷樹殿に向かい走り出した。
走りながらも人々に襲う魔物達を斬りつける。
その水で出来たような透き通った魔剣は、威力が衰える事もなく次々と魔物達を氷の結晶へ変えていった。
そして、氷樹殿へ辿り着いた若者は、一点を見つめ立ち止まる。
「・・・父・・・父上!」
若者の瞳に飛び込んできた景色は、今にも男に襲い掛かろうとする数匹の魔物達であった。
若者は、男へ向かって走り出しながら、透き通る刃を襲い掛かる魔物達へ斬りつけた。
男は若者の背中へ隠れるように後ろへ周り呟く。
「息子よ。私を守ってくれるのだな・・・街も人々も歴史も破壊されたこの都で・・・私を守ってくれるのだな・・・」
若者は魔物の攻撃を剣で防ぎながら辛そうに呟く。
「私は一人、逃げてしまった。このディル・ウォーグから。そして都が滅んでいくのをただ見ているだけでした。
何も出来ずに・・・。もう、そんな事はしたくない。後悔したくないのです」
魔物は次々とガラスが砕ける様に哀しい音を立てながら崩れていく。
若者に守られていた男は、若者の背中を睨むような目で見つめながら、クックッと笑い出した。
「・・・クックックッ・・・このまま、幻の中で・・・」
「・・・・・・父上?」
若者が男の方へ振り向く。
振り向いた若者の瞳に写ったものは、魔物へと変貌していく男の姿であった。
そして、その男は崩れ行く顔で微笑む。
「幻の中で死ぬがいい」
魔物と成り果てた男は雄叫びを上げ、若者に向かって長い爪で攻撃を与える。
若者は魔物の攻撃を剣で防ぎながら、少しずつ後方へ下がっていく。
しかし、いつの間にか若者の周りには、人の匂いで引きつけられた魔物達が集まり、唾液を流しながら攻撃する時を待っている。
「・・・・ディスペル・イリュージョン」
辺り一面に声が響く。
その瞬間、魔物達は溶けるように姿を消し、氷樹殿や街の人々、そしてディル・ウォーグの街並みを消していく。
若者は魔物達の消えていく姿を呆然と見つめながら、寂しそうに呟く。
「・・・・父・・・上・・・」
「すみません。この呪文(スペル)しか浮かびませんでした・・・」
その声に若者は振り向く。
星と月の輝きだけが映す砂漠の中に、二人の若者の影が見える。
一人は長髪、一人は短髪。
その二人は若者へゆっくりと近づいた。
「ここへ来れば、逢えると思っていました。生き残ったという微かな噂を耳にしたときから・・・・ディル・ウォーグ王子・・・伏見・・・」
伏見と呼ばれた若者は、深い青い色をした瞳を細め、微かに微笑む。
「・・・綺羅・・・王子・・・」
伏見は綺羅に小走りに近づく。
しかし、もう一人の不思議な気配を感じ取り、ふと立ち止まった。
そして、その男をジッと見つめた。
黒ずくめの服。月の輝きに浮かび上がる銀色の長い髪。端正な容貌。そして、片方だけが赤い妖眼。
「綺羅!離れて下さい。その男から!奴は魔者です。それも、かなり高位な魔者・・・高等魔族です!」
伏見は男に向かって吹雪を構えた。
「お前は誰だ?」
「伏見、待って下さい。その人は敵ではありません」
「妖眼を持った男が敵じゃないのか?私の住んでいた都は同じ妖眼(メ)を持つ魔族達に滅ぼされたんだぞっっ」
螺夜は銀色の髪を掻き上げながら呟いた。
「氷の剣「吹雪」は三種の道具で初めてその威力を発揮する。剣、ゴーントレット、そして耳飾り。
三種には魔石「氷月」が埋め込まれ、その威力は龍をも生み出すという。お前の持つ氷の剣「吹雪」、
そして右手に付けたゴーントレット。それだけで氷の剣の威力は最大限まで発揮することは出来ない。
ディル・ウォーグの幻を生み出す程の魔者は、けして倒せない」
伏見が螺夜に向かって何かを言いかけた時、景色が歪み始めた。
そして、それは蜃気楼のようにある建物を造りだした。
伏見はその出来上がった建物を見つめ呟いた。
「・・・氷樹・・・殿・・・」
伏見はそのまま氷樹殿の中へと走り出した。
「・・・伏見っっ、待って下さい」
綺羅も伏見の後を追った。
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