□ scene1 □


「お嬢様!夜の一人歩きなど危険です!!どうか、お止めください!」
白髪混じりの女性が心配そうに声を上げた。
巨大な館を想像させる門とも言える玄関扉の前に二人の女性がたっていた。
そこには調度品が所狭しと並べられ、天井には巨大なシャンデリアが美しく光を放っていた。
「心配ないわよ、ルイズ。館から百メートルも離れていない教会へ行くだけだから」
「その教会へ行くことが心配なのです!!
先日発見された女性は、教会近くで記憶が無くなったという事じゃないですか!」
その言葉に女性は青い瞳をにっこりと細めた。

「発見された女性の首筋には二つの穴が開いており、
この国で昔から点々と起きている事件と同人物の犯行とみている。
この事件は伝統的とも思わせる事から、宗教的な意味を持つ可能性。
昔から持続している事から、愉快犯の可能性と考えられる。
しかし、その地に住まう住人からは吸血鬼の仕業と恐れられ、
この事件の被害者の女性は、「悪魔に口づけされた花嫁」と呼ばれ忌み嫌われ恐れられてしまう」

その言葉を聞きながら、ルイズはゆっくりと頷いた。
「そうです、お嬢様。
マリアクリス・レチェント・ブロリランスお嬢様はこのブロリランス家の唯一のご令嬢です。
あなたの身に何か起きてしまったというのは許されない事なのです。
よくお分かりなってください。マリアクリス様」
マリアクリスと呼ばれた女性は、その黄金の輝く髪をゆっくりと掻き上げた。
「マリアよ、ルイズ。被害に会った女性は生きて帰ってきていのよ。殺されているわけじゃない。
それに、私から言わせてもらえば、犯人が人間の場合は彼女は被害者。人間ではない場合は食糧だわ」
ルイズが一瞬あっけにとられている間にマリアはルイズを通り越え玄関へと歩いた。
そして、扉に手をかけながらにっこりと微笑んだ。
「すぐに帰ってくるわ。ルイズ」

マリアはそのまま夜の外へと抜け出した。

街は事件を恐れてか静まり返り街灯さえも寂しく光を発していた。
周りには霧が立ち込み始め遠くの景色をぼんやりと浮かび上がらせていた。
マリアは振り返り動く物がないことを確認すると教会へ向かって歩き始めた。
「本当に静かね・・・あの事件のせいで人のリズムさえ狂っているのね」
マリアは五十メートルほど歩いたところで異様な静けさに呟いた。
マリアの声は建物と建物の狭間で異様なほどに響く。
教会の扉が見え始め安心するかのように胸に手を合わせてため息をついた。
そして、教会への扉へ再び足を前に出そうとしたが、その瞬間不思議な気配に振り向いた。
「・・・・・っ」
マリアは驚きのあまり息を飲む。
大きく見開いた青い瞳には、すぐそこまで迫っている馬車が写っていた。
馬車を引く馬車馬は二頭共足音をたてず、車輪の回る音さえ微塵も聞こえなかった。

「・・・吸血・・・・鬼・・の」

マリアは逃げることも忘れ、馬車を見つめ続けた。そして馬車はマリアの隣にゆっくりと立ち止まった。
「・・・・・何か・・・?」
震えるよう様な声でマリアは呟く。
その言葉が合図かのように馬車の扉がゆっくりと開いた。
闇へ吸い込まれるような馬車の室内から落ち着いた男性の声が聞こえる。

「・・・こんな夜に・・・こんな所で・・・気丈な方の様だ。街の噂を知らない事は無いはずだが・・・・」

「・・・・・・噂?」
マリアは一呼吸し、ゆっくりと話を続けた。
「街の噂は吸血鬼のことばかり。噂から真実を見つけることは出来ないわ」
闇の中の男は優しく小さな笑い声を上げた。
「・・・・失礼。あなたのような気丈な方は初めてだ」

男は馬車からゆっくりと姿を現した。

すらっとした長身に黒い長いマント、黒い手袋、腰までもある黒い髪。
姿とは対照的に陶器で出来た様な白い、青白い肌、整いすぎた面立ち。
驚くほど優しい瞳は黒く包み込むような瞳。

「あなたの名前をお伺いしたいのですが・・・・」
マリアは男の声に促されるように返事をした。
「・・・マリア、マリアクリス・レチェント・ブロリランス・・・」
「・・・・・ほほう、ブロリランス家・・・ですか」
男はマリアの目の前に左手をゆっくりと差し出した。

「・・・・おやすみ、・・・マリアクリス・・・」

その瞬間、マリアは男に倒れ込む様に眠りについた。
男とマリアを乗せた馬車はゆっくりと動きだし、霧に紛れるように消えて行った。

 

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