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「あなたね」
部屋のソファに座り相変わらず変わることのない灰色の景色を見つめていたマリアは突然の訪問者に驚き、
声の主の方へ振り向いた。
妖艶の美女。
まさにその言葉が似合う女性が佇んでいた。
マリアを見つめる瞳は黒く輝く宝石。黒く艶のある波打つ髪。陶器で出来た様な白い肌。
そして、血の色の様な紅の唇。
闇の様な黒色をした深いスリットの入ったスリップドレスが、女性の妖艶な美しさを引き立たせている。
「伯爵を誑かした人間の女というのは」
鋭い視線がマリアに向けられている。
「伯爵・・・って、グレイの事なの?」
女はマリアの言葉に、微笑みを浮かべた。
「・・・・どうやら、誑かしている訳では無いようね・・・・。」
女は紅の唇を舌で舐めながらマリアへ近づいていった。
「人間の女など所詮食糧。伯爵が食糧以外の目的として人間を住まわせる訳が無いわ。
今までの女達と同じように・・・・。・・・・それに」
恐怖を感じ後ずさるマリアの首筋を見つめながら、女は近づいていく。
「あなたは極上の甘い香りがするわ・・・・」
冷たく長い指が、マリアの首筋にそっと触れる。
女の甘い言葉にマリアの意識は少しずつ薄れていった。
マリアの首筋に女の唇が触れる。
女は冷たい息をもらしながら、意識が薄れていくマリアへつぶやいた。
「私の食糧になる事が、あなたの幸せになるのよ」
その瞬間、女は悲鳴に近い声を上げた
「マリアは私の大切なお客様だ。無礼は許しませんよ」
倒れていくマリアを右腕で抱きかかえながら、女の黒く艶のある長い髪を縛り上げるように持ち上げた。
そして、グレイは冷たく女の名前を呼んだ
「カーラ」
カーラと呼ばれた女は、グレイがようやく離した黒髪を撫でながら、グレイをじっと見つめる。
「いずれ・・・伯爵はその女を食糧とするわ。その極上な誘惑に勝てるはずがない。
人間の女など、食糧にすぎないのよ」
グレイは右腕で抱きかかえているマリアの顔を見つめた。
「人間を食糧以外の存在として考えても良いと思い始めて来ました」
カーラはグレイのマリアに対する優しい微笑みに冷たい視線で見つめていた。
その時、マリアの意識が戻り、マリアはゆっくりと瞼を開いた。
「・・・・グレイ・・?」
「大丈夫ですよ。気を失っただけです」
マリアはグレイの右腕から離れ、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・・あなた・・・?」
「人間は食糧としての価値しかないものよ。ただ、それだけの存在価値だわ」
カーラは微笑みを浮かべながら、マリアに近づいた。
「食糧の価値としては極上だわ。伯爵も良い食糧を手に入れたわね」
「カーラ」
カーラはグレイからの制止の言葉に一瞬見つめたが、
無視するかの様に微笑みを浮かべながら話を続けた。
「人間と我々種族の間では、食糧以外の価値など存在しないのよ。
種族が異なる物同士、一緒に生きていくことなど出来るはずがないわ」
温度を感じない冷たい手がマリアの頬に手をふれた。
「地下の奥にあなたの戻るべき場所があるわ」
「いずれ、分かる時が来るわ」
カーラはクスクスと笑い声を残しながら、影に紛れるようにその場から消えていった。
「・・・・・・」
マリアは消えていったカーラがいた場所を見つめ続けていた。
グレイはそのマリアの後ろ姿を少し寂しそうに見つめていたが、そっとマリアの肩を抱きしめた。
「・・・・・・マリア・・・」
「・・・・そんなこと・・・・そんなこと言われなくても分かっているわ・・・」
マリアはグレイには聞こえない吐息の様なの小さな声で呟いた。
肩を抱きしめるグレイの冷たい体温が、マリアの肌を冷たく突き刺した。
ブロリランス邸には続々と人々が集まり、情報を求め屈強の男達が門をくぐる。
マリアの父親は書斎で地図を広げていた。
「・・・・・・。」
広げる地図の一部に黒く塗りつぶされた場所がある。
その場所を父親はじっと見つめていた。
「残るは・・・霧の山脈」
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