<小児科医だからできること>
                    北原こどもクリニック 北原文徳

1)乳幼児医療助成制度の改善を!

 長野県では1996年7月から、3歳未満の乳 幼児に対しては所得制限なしで、患者負担額 を全額(県1/2、市町村1/2の負担で)助成す るようになりました。現在この乳幼児医療費 無料化制度は、小さな子どもを持つ若い親御 さんが安心して子育てできる、一つの大きな 拠り所となっています。

 ところが、このごろ小児科医である私の耳 に、おかあさん方の不平不満が聞こえてくる のです。「なぜ病院窓口で一旦は支払いをし なきゃならないの?」「うちの子は保育園に 行くようになってから滅多やたらカゼひくん だけど、3歳以上は無料にならないの?」な どなど。

 実際、東京都をはじめ全国26都府県で既に 現物給付(窓口無料化)が実施されているの に、長野県では殆どの市町村が未だに償還払 い(患者さんは医療機関窓口で一旦支払いを 済ませ、2〜3ヶ月後に還付される仕組み) のままです。手元の資料「長野保険医新聞  1999年5月15日号」に載っている「長野県全 市町村の乳幼児医療助成の現状一覧表」によ ると、長野県下で窓口無料化を実施している 自治体は、軽井沢町、川上村、南相木村と、 北御牧村(村内診療所に限り)の4町村のみ です。

 給付年齢の引き上げについては、それぞれ 独自に取り組む市町村が増えています。ただ し、3歳以上の子どもに対する助成は全額そ の市町村が負担しなければなりません。つま り、過疎で深刻な人口減少と少子化問題をか かえる所ほど積極的に給付年齢を引き上げて いるわけです。また、入院食を含むかどうか、 共済組合や健保組合で患者負担金を助成して いる場合にはどちらで助成するかは、各市町 村で対応が異なります。

 前述の資料を見ると、県下で就学前まで助 成を行っている町村は、木曽福島町、三岳村、 山口村、高山村、栄村。満5歳までが、東部 町、原村、高森町、天龍村、上村、大岡村、 信濃町、豊野町、牟礼村、三水村、小川村。 満4歳までが、富士見町、松川町、阿南町、 清内路村、阿智村、浪合村、下条村、喬木村、 木祖村、日義村、開田村、王滝村、大桑村、 中条村、山ノ内町。満3歳までが、飯田市、 駒ヶ根市、塩尻市、須坂市、中野市ほか8町 村となっています。

 もし完全な窓口無料化ともなれば、実際に どれくらいの医療費がかかるのかは実感され ないため、「子どもはどうせタダだから」と 深夜でも何でもコンビニ感覚で無節操に受診 する親が増える危惧は確かにあります。でも、 仕事が忙しいからと、重症になるまで母親に ほっとかれた哀れな子どもを増やすよりは、 乳幼児医療助成制度のさらなる改善を小児科 医として強く行政に訴えるべきだと私は思っ ています。


2)病児保育が可能な施設を増やして!

 今の時代、母親も働きに出ている家庭は想 像以上に多いです。こうした母親を支援すべ く、3歳未満児の保育を積極的に受け入れる 保育園もずいぶん増えてきました。

 しかし未満児保育には小児科医から見て大 きな落とし穴があるのです。免疫学的に未熟 な3歳未満の乳幼児はウイルス感染だけでな く、肺炎球菌やインフルエンザ菌に対して抗 体が未だないため、初めての集団生活の中で 気管支炎や中耳炎の反復感染を起こしてしま う子どもが案外多いのです。

 こうした子どもは、保育園で発熱してはそ の度に母親が呼び出され早退するということ を月に4〜5回も繰り返し、すっかり小児科 のお得意さまになってしまいます。これでは 何のために高い保育料を払っているのか分か りません。

 保育園へ子どもを出せなければ、ジジ・バ バの出動と相成ります。当院では、子どもが 熱を出すたびに松本から祖父母が居る高遠へ 子どもを預けに来る母親や、その都度お子守 のためにはるばる京都から出張して来るおば あちゃんもいます。こうなるとジジ・ババも 本当に大変ですね。

 子どもが病気の時くらい、母親がそばにい て看病するのが当たり前というのが世間一般 の常識でしょうが、こう不景気が続くと母親 と言えど、そうそう仕事は休めないのが実状 なのではないでしょうか。そこで、病気の時 でも子どもを預かってくれる保育施設が求め られてくるわけです。

 先日大阪で催された外来小児科学研究会で、 病児保育に関しては全国でも先駆的な、藤本 小児病院(大分市)藤本保先生の講演を聴い てきたのですが、病児保育は莫大な赤字が出 て、たとえ行政の補助があっても採算が合わ ないというのが本当のところのようです。採 算を合わせるためには保護者の負担金を1日 3000円以上に設定しなければならず、そうな ると逆に施設利用率が減ってしまうというジ レンマがあります。このような状況では「病 児保育」ができる施設を増やすことはとうて いできません。

 子どもは、われわれ国民みんなが共有する 大きな宝だから、子どもたちを守るためには、 もっと税金を使ってもいいのだ、というコン センサスがこの際ぜひとも必要だと思いませ んか?

   ところが実際は、たとえ10人の子だくさん 家族でも、選挙権は父母2人分しかないわけ で、そうなると市長さんや議員さんたちはど うしても1票の重みから、お年寄りの要求を 優先的に通す傾向があからさまにあるのです。 これ、何とかならないものでしょうかねぇ。


3)お役所に頼らずとも、小児科医ひとりでできることは何かないか?

 というようなことを最近ずっと考えている のです。その一つの試みとして、8月から助 産婦さんにお願いして当院の昼休みの時間帯 を使って「母乳育児相談」を始めました。残 念ながら、まだ利用者は少ないです。もし休 業中の臨床心理士の方がいらっしゃったなら、 ぜひ心理カウンセリングをお願いしたいとい う夢も持ってはいるのですが、現状では難し いです。

 いずれにしても、これからの小児科医はた だじっと診察室で患者さんを待っているだけ ではダメなんじゃないかと思います。私も十 年ほど前から、地域の保育園、JA、町の母親 学級からの依頼で「子どもの事故と急病時の 救急処置について」の講演活動を細々と続け てまいりましたが、今後ますます患者(母親 ・父親)教育の必要性が重要になってくるこ とは間違いありません。

 県外の開業小児科医の中には、プレネイタ ル・ビジットを実践している先生や、自主的 に「新米ママ教室」といった母親の勉強会を 毎月開催している先生、インターネット上で 子どもの医療相談をボランティアで行ってい る先生など、積極的に院外へ飛び出して行く 先生がたくさんいらっしゃいます。また「長 野こどもの城」活動のような育児支援のかた ちも今後大いに注目されることでしょう。


4)おわりに

 こうして見てみると、どうやら少子化問題 に対して小児科医にできることは、いっぱい ありそうです。ただ、小児科医が対象とする のは、あくまで子どもを現在進行形で育てて いる家族に限られてしまいます。少子化問題 の最重要点である「子どもを産もうとしない 自立した独身女性」に対して、自分で産んだ 赤ちゃんがどれほど愛しい存在であるかとい うこと、たとえ辛いことの方が多くとも、子 どもを育てることで何物にも代え難い喜びを 味わえる瞬間がきっと訪れるであろうことを、 何とか理解してもらうことが、小児科医にと っての今後の大きな課題であると思っていま す。

                       (1999年 9月30日・記)




●父親の育児参加について考える

 11月21日の時には、子どもの病気や子育て とはまったく関係のない加島祥造さんの「タ オ」の詩の話でお茶を濁してしまい、申し訳 ありませんでした。園長先生からはお手紙で お母さん方が聞きたい話に関する具体的なご 要望を伺ってはいたのですが、それにお応え することが全くできませんでした。そこで、 この場をお借りして当日少ししかお話できな かった「父親の育児参加について」もうちょ っと考えてみたいと思います。

 育児支援が世界で最も確立しているカナダ では夕方5時には父親が帰宅するのが当たり 前なんですね。まずそれが大前提。オンタリ オ州では、初めて子どもを持つ親向けの小冊 子『乳幼児の親のためのガイドブック』を無 料配布していて、最初の章のタイトルがなん と「親の役割からの息抜き」なんです。

「子どもと終日向かい合っているだけでは誰 だっておかしくなる。どんな仕事にも息抜き は必要だ、子育てだって同じ。父親が仕事か ら帰ったころには母親はもう限界かもしれな い、そこで父親が交替して母親に息抜きを与 え、父母ともに輝いていたいものだ。息抜き の具体的な方法としては、

1)アフター5は仕事から戻った父親に子どもをあずけて自分の 時間をとること。
2)ベビーシッターを利用し て夫婦での外出の時間を楽しむこと。
3)近所 の同じような年齢の子どもを持つ親を3〜4 人みつけてプレイグループを作る。
といっ たことが書かれているんだそうです。

さらに 「誰も完璧な親などいない、親として生まれ ついた人などいないのだから。完璧な子ども というものもいない。お互い、できる限りの ことをしていけばいいのだから。」そう結ば れているそうです。
(『親子ストレス』汐見 稔幸著、平凡社新書より)

 ところで日本の現状はどうでしょう?年功 序列制度が崩れ、実力だけがモノを言う世の 中で業績を何とか上げるために、お父さんは 日々残業して結果を残さなければなりません。 夕飯も食わず深夜帰宅しても、女房子どもは すでに就寝中。そんな毎日で、いったいどう やって育児参加すればよいのでしょうか?

 父親は外で一生懸命働いて子どもの養育費、 教育費を捻出し、母親が家で子育て、しつけ、 教育に専念する、そうした夫婦の役割分担が 過去40年近くにわたって日本の一般家庭では 行われてきた訳ですが、その歪みがいま極限 に達して児童虐待、不登校、学級崩壊、ひき こもり、急増する少年の凶悪犯罪というかた ちで噴出してきています。したがって子育て は母親まかせといった今までの父親の態度を 早急に改める必要に迫られていることだけは 間違いありません。

 今の若いお母さんたちは「子育ては損だ」 と思っている人が案外多いようです。子ども のために私の時間と自由とお金が奪われてし まう。毎日毎日ただ無駄に時間ばかりが過ぎ て、どんどん年をとってゆく。それで私の人 生おしまいなの? 私ばかりがどうしてこん なに大変な思いをし続けなければならないの?

 われわれ父親は、こういった妻たちの心の 叫びに対して「俺がこんな苦労までして、い ったい誰のために働いていると思ってんだ!」 そう捨てゼリフを吐く前に、もっと真剣に妻 の声に耳を傾ける必要がありそうです。

 妻で あり母であると同時に、一人の人間として充 実した人生を輝いて生きたい。すでにワーキ ングマザーとして社会で活躍しているお母さ んがたはもちろん、今はまだ専業主婦でも昔 からの夢だったフラワーアレンジメントや、 手作りパン工房の仕事を実現したい、といっ た「私の生きがい」 に対する思いに、夫とし て理解を示し、妻の夢が実現するよう最大限 の協力を惜しまず、暖かい目で優しく見守る、 それが父親としてしなければならない最も重 要かつ最優先の育児参加になるのではないか と僕は考えています。

 母親がやってきた子育てを100%肩代わり することが父親の育児参加だとは思いません。 夫婦二人の時間を大切にすること。そして 「ありがとう」「ご苦労さま」「大好きだよ !」 実際に言葉に出して妻をねぎらいましょ う。週に1回でいいから。

 お母さんの心が安定すれば、子どもたちも あるがままの自分を母親に受けとめてもらえ るようになり、愛されている自分に自信が持 てるようになるのです。

 自分の思うように強引に子どもをリードし てゆく『巨人の星』の星一徹のような父親で はいけません。むしろ反対に子どもの、そし て母親の後をついていく父親。子どもや母親 が振り返り、助けを必要としたとき、いつで も手を差し伸べることができる父親。それが 新しい時代の理想的な父親像になるのではな いか、そんなふうに考えているところです。

(参考図書『ついていく父親』芹沢俊介著、 新潮社 \1500 税別)

                         (2001年 3月30日・記)



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