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北原こどもクリニック  



  おとうさんが読む「絵本」


    ●おとうさん「が」読む絵本(その7) 平成16年12月〜平成17年5月に取り上げた絵本 

「お父さんと読む絵本・最新版」 へもどる>



『WHERE THE WILD THINGS ARE』
MAURICE SENDAK・作

(The Bodley Head London)£5.95 1963年 初版発行


●先だって、伊那のブックオフで『かいじゅうたちのいるところ』の原書ハードカバー本を見つけた。美本なのに、¥105 だった。もちろん即購入。手にとって匂いを嗅いでみる。ちょっとカビ臭いが、輸入盤LPレコードの密封シールをはがした時と同じ、あの独特なインクの匂いがした。しみじみ表紙を眺めてみる。文字のレタリングがイラストレーションと凄くマッチしていて、カッコイイことに驚く。日本語版では、ちょっと間がぬけた感じなのに。

五味太郎さんの『絵本をよんでみる』でも指摘されているが、WILD THINGS を「かいじゅうたち」と訳すのは、なんかピッタシこないよなぁ。日本版の最初のタイトルは『いるいるおばけがすんでいる』だったそうだが、WILD THINGSは「野蛮人」とか「無法もの」とか「暴れん坊」というのが本来の意味。

Wild(ワイルド=野生の)とか、Wilderness(ウィルダネス=荒野・荒れ地)といった言葉には、われわれ日本人がイメージする「もの」とはかなり違った「もの」をアメリカ人は感じているのではないか? 『荒野へ』ジョン・クラカワー(集英社)を読んだ時に強く感じたことだ。それから、

WHERE THE WILD THINGS ARE → WHERE ARE THE WILD THINGS ? (かいじゅうたちはどこにいるのかな?)そう何度も呟いてみるうちに、ふと、『花はどこへいった?』という昔の反戦歌(フォークソング)のことを思い出した。以前、NHKBS2「世紀を刻んだ歌」で「この歌」の成り立ちが紹介されたが、1955年に、アメリカのフォークシンガー、ピート・シーガーによって作られ、1962年にキングストントリオによってヒットした。1964年、ベトナム 戦争が激化する中、PPM (ピーター、ポール &マリー)は、反戦メッセージを込めて歌い、ベトナム反戦運動の象徴的な歌となったものだ。

Where have all the flowers gone 「花はどこへ行った」

 Where have all the flowers gone, long time passing
  花はどこへ行った、長い年月の間に

 Where have all the flowers gone、 long time ago
 花はどこかへ行ってしまった、ずっと昔に
 

センダックが『WHERE THE WILD THINGS ARE』を出版したのが、1963年で、ちょうどこの『花はどこへいった』が流行していた時と一致する。何か関連はないのかなぁ?(2005年 5月06日 記)


■つぎに、マックスが着ている「wolf suit」の意味について考えてみたい。
マックスは、この「オオカミの着ぐるみ」を着ることで、はじめて WILD THINGS に会うことができ、king of all wild things になれたのではないか? 作者のセンダックは「絵的イメージ」から wolf suit を必要としたのかもしれないが、作者自身も気付かぬうちに、太古の人類と、動物や物の怪(もののけ)との神話的関係性を示唆しているように思えてならないのだ。

『いまは昔むかしは今(3)鳥獣戯語』網野善彦ほか・監修(福音館書店)をひもとくと、200ページに「日本版 WILD THINGS」が多数描かれていて興味深い。その解説には、こう書かれている。
人間の目からかくれた、目には見えないおそろしいものを人びとは鬼とよんだ。(中略)では、目には見えないおそろしいものを絵がき出そうとしたとき、人びとはいったいどうしたのだろう? 大昔から現代のSFXにいたるまで、洋の東西を問わず、鬼をえがき出すときに人びとはある特別の工夫をこらしてきた。(中略)

零落したカミは鬼や化けものとなって闇にひそみ、人びとは鬼や化けもののすがたを、鳥や獣のすがたによって思いえがいた。
センダックの描くWILD THINGS も、まったく同じだ。さらに、456ページにはこんな記載がある。
動物の皮をかぶって闇の中にうずくまる

第一巻『瓜と龍蛇』の大きなテーマのひとつは、動物の皮をかぶるという行為の持つ意味をさぐることだった。天稚彦は姫とともに蛇の皮をかぶり海龍王になった。ある娘は蛙からもらった「おんばの皮」をかぶり、危難をのがれ幸せをつかんだ。この本にも牛の皮や馬の皮をかぶって天にのぼった話があった。動物の皮をかぶると、人にはなにかが起こり、新しい世界に生まれかわることになるのだった。
歴史学者・網野善彦の中世史観をアニメで表現した宮崎駿の『もののけ姫』では、ジコ坊 の手下どもが「シシガミ」の元へ走る「乙事主」を追って森の奥に入っていく時に、イノシシの毛皮を被るのだが、これも関連があるのかな。(2005年 5月09日 記)

■表紙の「かいじゅう」は、マックスの父親なのではないか? という話は、「5月10日の日記」のほうに書いたので、こちらでは省略。

河合隼雄さんは「このすべての体験はほとんんど一瞬のことなんですね。ごはんがあったかい間なんです。子供がお母さんに怒られて、カッとなって治まる。その数分ほどの体験がこれなんです」そう仰っているが、センダック自身もそのことに言及している(詳細は、今日の日記のほうへ) ただ、ささいなことで母親(父親)から怒られた時に、訳もなく過剰な怒りの嵐がいつまでも吹き荒ぶ、うちの次男の様子を何度も見ていると、マックスなんて可愛いもんだな。『ぼくはおこった』ハーウィン・オラム 文、きたむらさとし 絵・訳( 佑学社)の、すさまじい負のエネルギーこそ、うちの息子にはピッタリだと思うぞ(^^;) (おわり)
(2005年 5月12日 記)
   
『WHERE THE WILD THINGS ARE』
 MAURICE SENDAK・作
   ( Harpercollins Childrens Books)


   
『いまは昔むかしは今(3)』
「鳥獣戯語」
網野善彦ほか・監修
( 福音館書店)


   
『ぼくはおこった』
ハーウィン・オラム 文
きたむらさとし 絵・訳
( 佑学社)
















































『それは すごいな りっぱだね!』
いちかわけいこ・文、たかはしかずえ・絵

(アリス館)¥1000 (税別) 2005年 3月20日 初版発行


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■ 今年は「犬」と「落語」が流行るらしい ■
■ 糸井重里さんも、そう言ってるよ    ■
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『Say Hello! あのこによろしく。』(ほぼ日刊イトイ新聞)を、ぼくは2冊買った。1冊は、妻へのクリスマス・プレゼントに。もう1冊は、東京の稲城市に住む従兄の「よしおちゃん」が、最近「毛長のジャック・ラッセルテリア」を飼いはじめたと聞いたので、お歳暮の代わりとして彼に送ったのだ。

アリス館が昨年出してヒットした写真絵本『ねんね』の続編が出た。『いいおかお』という絵本だ。この絵本に登場する「犬の親子」が、例のジャック・ラッセルテリアだ。でも、ジャック・ラッセルテリアは、実際に飼うとホント大変らしい。運動量が並大抵ではないからね。飼い主は苦労するんだって。そこいくと、ミニチュア・ダックスは楽みたいですよ(^^;) 「たからぎ医院」の宝樹真理先生も飼っている。 ゴメンナサイね!>宝樹先生。

●というワケで(何がじゃ、誰がじゃ!)ミニチュア・ダックスなんですね(^^;) 前作の『なに たべてるの?』の続編にあたるこの絵本の主人公は、世の中を斜に構えて「のほほん」と日々を過ごすドラねこではなくて、じつに素直なミニチュア・ダックスなのです。この世の中、他の人を疑ったりけなしたりする人ばかり増えているような気がするけど、「それは すごいな りっぱだね!」って他の人を認めてほめることが、案外むずかしくなってきているのかなぁ。この小さな目をしたワンちゃんを見ていると、なんともほのぼのしてきて、幸せな気分になるのです。

画家の高橋和枝さんは、ここで大胆な実験をしているよ。登場人物の激しい動きを、アニメーションではない「マンガ」が表現する場合には、足の数を10本くらい描いて、バタバタと走っている感じをだす。同じ雰囲気を「絵本」の中でどう表現するか? 高橋さんは、たぶん悩んだんだろうな。そうして出した結論は、犬の輪郭の外側に、ちょいとズラして、薄めた茶色で輪郭をなぞるのだ。犬のしっぽなんかは、大胆にも左右に大きく動く。本当に動いているように感じられるのだ。これはスゴイな。

ところで、前作でぼくらを魅了した、あのふてぶてしいネコはどこへ行ってしまったかというと、じつは今回の絵本にもちゃんと登場してるのです。あはははは(^^;)

(2005年 4月03日 記)

   
『それは すごいな りっぱだね!』
 いちかわけいこ・作
 たかはしかずえ・絵
   (アリス館)







































『絵本であそぼ!』
パパ's 絵本プロジェクト 安藤哲也・金柿秀幸・田中尚人・著

(小学館)¥1200 (税別) 2005年 3月20日 初版第1刷発行


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■ 「このパパたちって、かっこいいな!」 ■
■  子供たちはみな、そう思うに違いない ■
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●自分に子供ができる前は、父と子のイメージといえば、親子でキャッチボールをする姿であり、プロレスごっこに興じる姿であり、渓流に二人して黙って釣り糸を垂れ、夜にはテント横の焚き火を囲んで、少し日焼けした息子の顔を見ながら「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」そう思う父親の姿であった。

そんなぼくにも息子が生まれた。めちゃくちゃうれしかった。ところが、赤ん坊にはまだキャッチボールは無理だし、4の字固めをかけるには危険すぎた(^^;) そう、お父さんの活躍の場は「そこ」にはなかったのだ。ヤケになって、自分の乳首を無理やり息子にくわえさせようとしたこともある。しかし赤ん坊は正直だ。嫌そうな顔をして「ペッっ!」と口を離しただけだった。

なんだつまんねぇの。当時ぼくは厚生連・富士見高原病院の勤務医だったのだが、高原病院のホームページ製作担当委員であったことを言い訳に、夜遅くまで医局に残って 病院の Macintosh と格闘していた。たしか 1996年 12月のことだ。

いま正直に告白すると、あれは鬱陶しい赤ん坊から逃げだしていたかったからに違いない。仕事が忙しいふりをしていただけなんだ。夜9時過ぎに借家へ帰ると、生後4か月の息子はすでに寝ていることが多かったが、時にはぐずって大泣きしていることもあった。そんな時には、ここぞとばかり父親の出番!と、僕は「おさるの籠屋」「江戸子守歌」を歌いながら息子を抱っこして何とか寝かせつけたものだ。

その息子に、父親として絵本を読み始めたのは、彼が2歳を過ぎてからのことだ。それまでは絵本なんてまったく興味がなかったし、面白いと思ったこともなかった。いま思うと、あれはもったいない2年間だったな。息子には『きかんしゃトーマス』「スタジオジブリ」のビデオばかり見せて、それでいいと思っていたのだ。

●何だか本の感想でなくなってしまったが、この本を読んでいると、3人のパパたちとその家族の飾らないふだんの日々がかいま見えるようで、思わず自分のことを語ってみたくなってしまったのだ。でも、ぼくにはこのパパたちのマネはできない。料理が得意な田中パパは、どんなに帰りが遅くても早朝起きだして息子のお弁当作りを欠かしたことがないし、安藤パパは皿洗いを済ますと、息子を自転車に乗せて保育園へと送って行く。金柿パパにいたっては、エリート出世コースをなげうって、娘の子育てに主夫として半年間専念したという。

すごいね、ホント。でも彼らは決して「どうだ、凄いだろ!」と威張った顔はしない。あくまで自然体で、肩の力を抜いてフットワークも軽やかに、当たり前のこととしてさらりと父親をやっているにすぎないのだ。それでいて、仕事はバリバリで抜かりなく、現場の最前線で活躍している。同じ父親として、何だかくやしいじゃぁないか! おめぇら、かっこよすぎるぞ!

■ぼくは、彼らに直接何度か会っているが、三人三様とはよく言ったもので、その姿も、語り口も、絵本の好みもぜんぜん違うのね(^^) それでいて不思議と仲がいい。それだからと言ったほうがいいのかもしれないな。今回の本、『絵本であそぼ!』 パパ's 絵本プロジェクト・著(小学館)も、それぞれのパパの個性が爆発していて、じつに面白い。

●特に、安藤パパは、思いっきり好きに遊んでいるな。だって、紹介した絵本の全てに、洋楽 BGMを指定してきているのだから(^^;)


そんな遊び心いっぱいのこの本、「絵本なんて、知らねぇなぁ。興味ないぜぃ」と言っている、世の中の多くのお父さんたちに、ぜひ読んでもらいたいと思うぞ。

(2005年 3月11日 追記)

   
『絵本であそぼ!』
 パパ's 絵本プロジェクト
 安藤哲也・金柿秀幸・田中尚人・著
   (小学館)







































『歌う悪霊』
ナセル・ケミル/文  エムル・オルン/絵 嶋田完蔵/訳

(小峰書店)¥1800 (税別) 2004年 10月28日 第1刷発行


●『歌う○○』というタイトルから想像するのは、『歌ふ狸御殿』(元祖「松健サンバ」みたいな戦前の日本映画)とか『踊る大紐育』みたいな明るく健全なミュージカルだったのだが、実際は『嗤う伊右衛門』の語感が一番近かったな。この『歌う悪霊』は、ぼくらの想像を絶する、怖ろしくも哀しき物語でした。

北アフリカのチュニジア・サエル地方に伝わる昔話。貧乏はもう嫌だ! そう誓ったその男は、悪霊の領分である禁断の「荒地」に手を出してしまう。男は叫んだ。「おれは、悪霊の荒れ野を、おれの麦畑にするぞ!」
男は、足もとの茨をつかむと、ありったけの力で引き抜いた。
引き抜いたその時、歌声が、地面の底からひびいてきた。

<おまえは、そこで、なにをしている? ……いったい、……なにを?>

男はふるえあがり、やっとのことで返事をした。
「こ、ここで、な、なにをしてるって、
ち、ちっぽけな、い、茨を抜いていただけで……」
すると、声は、こう言った。

<まて! てつだってやる!>

たちまち地面の底から、ゆらめく陽炎のように透明な五人の悪霊がわきでてきた。
このフレーズが延々と繰り返されるのだが、声に出して読んでみると、これが何とも妙に心地よいのだ。ただ、わき出てくる悪霊の数は倍々ゲームで増加してゆき、終いには五万一千二百人の悪霊が、ひしめくように登場する。さて、男はいったい…… さあ、お読み下さい。不気味でシュールで、これは面白いですよ。ヒヒヒヒ(^^;

「蛇足」:この絵本で特筆すべき点は、訳文の日本語が素晴らしいということだ。一語一句が、じつによく吟味されている。たぶん原書はフランス語だと思うのだが、翻訳された日本語に格調があって、独特の雰囲気を醸し出している。きっと、読点の打ち方が巧いんだな。間の取り方が自然と読み手に伝わるのだ。

それから、エッチング版画のネガ・ポジを逆転させて彩色したこのイラストレーションの効果は絶大だ。ぼくの大好きなつげ義春か、『冥途』の金井田英津子の世界そのものではないか!

●どんなに奢り高ぶっても、人間には侵してはならない自然の領分というものがあるのだ。昔の人はみな、そのことをよく心得ていた。ここまでは、人間が住んでよい範疇、ここから外は「もののけ」が住む「悪霊の領分」であると。

『かちかちやま』とか、昔話はみな、この文法に則っているよね。

(2005年 2月10日 記)

   
『歌う悪霊』
 ナセル・ケミル/文
 エムル・オルン/絵
 嶋田完蔵/訳
   (小峰書店)





















『サーカスがやってきた』

よぐちたかお・さく (福音館書店)¥1100 (税別) 2000年 9月30日 初版発行



●この不思議な絵本を教えてくれたのは「南信こどものとも社」の坂本さんです。伊那谷各地の保育園を巡って、子供たちに「この絵本」を見せると「えぇっ〜!」と、みんなビックリ仰天するそうです。ぼくもそうでした(^^;) だって、アニメみたいに本当に絵が動いているんだもの。 感動して直ちに注文しようとしたら、品切れ中で入手不可能ととのことで、悔しい思いをしたのですが、最近また手に入るようになったみたいです。よかったな(^^;)

絵が動く秘密は、付属の「マジックフィルム」を絵本のページにのせ、直径2〜3ミリの円を描くように「フィルム」をゆっくり「右回し」「左回し」して黒白のモザイクが微妙に移動することで、その下に今まで見たことのないアニメーションが出現するのです。これはホント感動モノですよね。絵がスムーズに動くコツは、ゆっくりと小さな円を描くように「マジックフィルム」を回すことです。

慣れると簡単なんだけれど、案外コレが難しい。そこで、昨年10月に新たに出版された『動くパズル』の場合は、四角い箱のサイズよりも微妙に小さい「マジックフィルム」カタカタ箱の中で回すだけで、ちょうどいい円が描けるようにできているのだ。この仕組みには、ホント感心しましたよ。さらに、4枚のカードの表裏に描かれた模様をいろいろと組み合わせて、オリジナルの絵を作り自由に動かすことができるのです。

ただ、注意しなければならないのは、『動くパズル』『サーカスがやってきた』で使用する「マジックフィルム」のモザイクのサイズが異なっているので、それぞれの絵本に専属の「マジックフィルム」を使用しないと絵は動きません

そしたら、よぐちたかおさんの「動く絵本」最新作が、この1月に福音館書店から出版されたのですね! それがこの、『うごく浮世絵』だ。ぜんぜん知らなかったぞ。これも是非、手にとって確かめてみたいな。

ところで、今回使用させていただいた『サーカスがやってきた』の、Gif アニメーションは、こちらのサイトから、コピー&ペーストして使用させていただきました。ありがとうございました。
(2005 年 01月16日 記)

   
『サーカスがやってきた』
 よぐちたかお・作
   (福音館書店)


   
『動くパズル』
 よぐちたかお・作
   (福音館書店)











『こぶたのブルトン ふゆはスキー』
中川ひろたか・文 / 市居みか・絵

(アリス館)¥1300 (税別) 2004年 11月10日 初版発行


●あれは一昨日の夜のこと。ベッドに横になりながら、次男が「読んで!」と持ってきた『こぶたのブルトン ふゆはスキー』を読んでいたら、洗い物を終えた妻が2階に上がってきてこう言った。「わたし、その絵本ダメなの。生理的に合わないみたい。ストーリーが訳わからないし、落ちも何だかスッキリしないし」「えぇ〜、なんでぇ? 面白いじゃん!」ぼくと息子は同時に言った。「タカサキさんがじつにイイ味でてるよ。絵もすっとぼけてておかしいし。そんなこと言うなら、長新太のほうがもっと訳わからんじゃん」「ううん、長新太は許せるの。あれはあれでスッキリと一本筋が通っているからいいの。でも、こういうのはダメ!」と、妻の評価はなかなかにキビシイ。

●まぁ、この絵本のコンセプトが「シュールで訳わかんないストーリー展開」にあったと、作者の中川ひろたかさんも言っているし、『シュールレアリスム宣言』を書いた、フランスの詩人アンドレ・ブルトンの名前を絵本の主人公の名前にしちゃうという、その意気込み?からも作者の「ねらい」は伺える。それにしても、ダリ『アンダルシアの犬』は知ってるけど、アンドレ・ブルトンさんのことはぜんぜん知りませんでしたよ(^^;;

■ぼくがこの絵本を読んで思い浮かべたのは前衛芸術ではなくて、日本のギャグマンガでした。赤塚不二夫『もーれつア太郎』『天才バカボン』。それに、江口 寿史『ひのまる劇場』、鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』。これらのマンガに共通する重要な点は、タイトルにもなっている主人公は、何故かストーリーの中では影が薄くて、代わりに得体の知れない強烈なキャラクターの脇役が大活躍することです。バカボンのパパ然り、ココロのボス然り。

で、この絵本の中でもやっぱり主人公の影は薄いのね。タカサキさんに「おいしいところ」を全て持って行かれちゃってるのだ。このタカサキさんのキャラ、どこかで見たことあるよなぁって、ずっと考えていたんだけど、とうとう判った。『マカロニほうれん荘』キンドーちゃん(40歳)だぁ(^^;) トシちゃん(本名:ひざかた歳三)25歳 は、さらに強烈なキャラクターだったなぁ。ぼくは密かにあの「ボボボーボ・ボーボボ」は、ひざかたさん(25歳)の進化型なんじゃないかと思っていたのだ。

そして、うちの次男が大好きなんだな、「ボボボーボ・ボーボボ」。さすがにここまで来ると、ぼくもちょっとついて行けないけどね(^^;;

いずれにしても、次回作を読んでみたいぞ。タイトルは『こぶたのブルトン なつはサーフィン』か??
(2004 年 12月08日 記)

   
『こぶたのブルトン』
 中川ひろたか・文
 市居みか・絵
   (アリス館)





















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●前回の「おすすめ」絵本 は……

『へっこきあねさ』『ねぇねぇ』『なんでしょ なんでしょ』『一まいのえ』『ともだちになろうよ』『なりました』『パパはジョニーっていうんだ』『ヴァージニア・リー・バートン「ちいさいおうち」の作者の素顔』『マイク・マリガンとスチームショベル』『わゴムはどのくらいのびるかしら?』ほか

●前々回の「おすすめ」絵本 は……

『えほん北緯38度線』『なにたべてるの?』『アルファベット』『わにわにのおふろ』『自分が好きになっていく』『ライオンのよいいちにち』ほか

●前々々回の「おすすめ」絵本 は……

『聖なる夜に』『地面の下のいきもの』『うみのむにゃむにゃ』『ザスーラ』『はっぴぃさん』『みなみのしまのプトゥ』『おまたせクッキー』ほか

●前々々々回の「おすすめ」絵本 は……

『はくちょう』『視覚ミステリー絵本』『ダーナ』『コッコさんとあめふり』『こどもザイレン』『さるのせんせいとへびのかんごふさん』『中川ひろたかグラフィティ』ほか

●前々々々々回の「おすすめ」絵本 は……

『狂人の太鼓』『ウエスト・ウイング』『スモウマン』『かようびのよる』『アフリカの森の日々』『はつてんじん』『世界昆虫記』『やまあらしぼうやのクリスマス』『絵本の作家たち(1)』『絵本を読んでみる』ほか

●前々々々々々回の「おすすめ」絵本 は……

『冥途』『クレーン男』『とうだいのひまわり』『ナヌークの贈り物』『ねぎぼうずのあさたろう』『かちかちやま』ほか



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