しろくま
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北原こどもクリニック  



しろくま 不定期日記


2002年:<10/11月>  <12/1月>
2003年:<2/3月>  <4/5月> <6/7月> <8/9/10月><11/12月>
2004年:<1/2/3+4月><4 / 5/6月>< 7/ 8/ 9月> < 10/ 11月>
2005年:< 12月/ 1月>< 2月/ 3月><4月><5月/ 6月><7月><8月>

●「不定期日記」●

 今週のいろいろ                   2005/09/29

●9月27日(火)

昭和伊南総合病院で9月いっぱい小児科をローテートしている、研修医2年目の千賀先生が、小児科開業医の現場視察のため、当院を訪れ1日研修をした。研修と言っても、見学程度のことしかできなくてごめんね。彼女は医学部が新しい卒後研修システムになった最初の卒業生で、卒後1年目は信州大学医学部付属病院で内科・外科を研修し、2年目の今年は駒ヶ根市にある昭和伊南総合病院で研修を続けている。この12月には研修終了後の進路(何科に入局するか?)を決めなければならないという。現時点ではまだ迷っていて決めかねているのだそうだ。ぜひ、小児科を選択して欲しいぞ!

お昼に「こやぶ」で蕎麦を食べたあと、いっしょに南箕輪村の4ヵ月健診へと向かう。ちょっと早めに到着したので、南箕輪村図書館へ寄って、図書館司書の小野さんと12月18日(日)に南箕輪村図書館で行う予定の「伊那のパパ's 絵本ライヴ」の打ち合わせ。保険センターに移動して、村の保健師の泉さんに千賀先生を紹介してから乳児健診が始まる。途中、別の保健師さんがやって来て一言。「あのぉ、先生の娘さんですか?」 ぼくは思わず「え〜ぇっ! あのねぇ、そんなワケないでしょ(^^;;」 と、苦笑い。千賀先生も困っていた。でも考えてみたら、ぼくが学生結婚をしていて二十歳の時に生まれた娘であれば、ありうる話ではあるな(^^;) 夕方、宮田村の美味しいケーキ屋さんからシュークリームやらケーキやら、たくさん買って舞い戻って来てくれた千賀先生。そんなに気を使わなくてもいいのに、かえって高くついちゃってゴメンナサイね。

●9月28日(水)

午前の診療を終えて、お昼過ぎには長谷村の乳幼児健診へ。長谷村の乳幼児健診は年に3回しかないのだが、行けば生後2か月の乳児から3歳児まで20数人の子供たちを健診する。午後3時前には終了し、伊那に戻って3時半からは上伊那医師会付属准看護学院で「小児看護」の講義を5時まで。この日は5回目で、感染症の続き。百日咳の乳児のレプリーゼを、DVDでパソコンに映して実際に見て聴いてもらったり、プロジェクターに各種「発疹を伴う感染症」のスライドを映して解説を加えた。毎年、全8回の講義の最初と最後の日に看護学生さんに絵本を読み聞かせることにしている。最初は『さるのせんせいとへびのかんごふさん』で、最終講義の日には『へびのせんせいとさるのかんごふさん』を読む。

でも、今年は講義の始まりに毎回「絵本」を読むことにしたのだ。
1回目)『ちへいせんのみえるところ』長新太(ビリケン出版) 看護学生さんは皆、見事に引きまくった。「しら〜っ」と白けた雰囲気が漂う。
2回目)『たいようのおなら』灰谷健次郎・編 子供が書いた詩集。ちょっとは受けたかな?
3回目)『ふしぎなナイフ』(福音館書店) 看護学生さんたちは、けっこう「今日はどんな絵本を読んでくれるのかな?」と楽しみにしていたようだ。
4回目)『ぞうのボタン』うえののりこ・作(冨山房) 字のない絵本に挑戦!
5回目)『やっぱりおおかみ』佐々木マキ・作(福音館書店) アイデンティティーの絵本を読んでみるが反応はイマイチ(^^;;
6回目)『島ひきおに』(偕成社) 予定
7回目)『オレゴンの旅』(セーラー出版)  予定
8回目)『さるのせんせいとへびのかんごふさん』(ビリケン出版)  予定

来週はどうかな? 解ってもらえるかな?

●9月29日(木)

今日は、伊那中学校2年生の女生徒が2人職場体験学習のために「北原こどもクリニック」へやってきた。着てみたいという希望があったので、ユニフォームにナースキャップもつけてもらった。なかなか、さまになっているじゃないか(^^;) 昼休みもそこそこに、午後1時半過ぎには高遠町の幼児(2歳3歳児)健診にいっしょについてきてもらった。高遠までの車中、いろいろ話しかけようと思ったのだが、いまの中学生にどんな話題をふったらいいのか皆目わからないオヂサンであった(^^;;;

 ヨドバシカメラ社長、藤沢昭和氏               2005/09/25

●「つくばエクスプレス」開業に合わせて、9月16日、秋葉原に「ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba」を開店した、ヨドバシカメラ社長の藤沢昭和氏が、長野県諏訪郡富士見町乙事の出身であることを知る人は案外少ないのではないか? 乙事(おっこと)という地名は、宮崎駿監督の『もののけ姫』に登場するイノシシの主の名に「おっことぬし」が使われたことで日本じゅうに有名になったのだが、本当にそういう名前の集落が富士見町にはあるのです。これは、宮崎駿さんの別荘が富士見町にあることとも関係しているのだろうね。

ここのインタビューとか読むと、藤沢社長はそれこそ裸一貫、一代で現在の地位を築き上げた中内功(本当は、エに刀で、こう)ダイエー元社長と同じサクセスストーリーで語られる人であることがよくわかる。激動の昭和、高度経済成長期を全力疾走で走り抜けた人なのだな。

ぼくは、厚生連富士見高原病院小児科医長時代の3年間、富士見町に住んでいたので、ヨドバシカメラの社長が富士見町出身で、乙事の高台にスウェーデン・ハウスで建てた「ヨドバシカメラ研修宿泊所」があることや、手打ち蕎麦で有名になった「おっこと亭」をもうちょっと上がった所に「ヨドバシカメラ・スポーツセンター」があることも知っていた。

この「ヨドバシカメラ・スポーツセンター」は従業員のための福利厚生施設なのだが、一般にも開放されている。ゴルフのショートコースと、パター・ゴルフ場。それに全天候型のテニスコートが3面ある。23日の秋分の日に、諏訪湖畔の「原田泰治美術館」を訪れた際、諏訪の「アルペン」に寄って子供たちのテニスラケットを買ってきたので、今日の25日は、いつ行っても必ず空いている「ヨドバシカメラ・スポーツセンター」へと伊那から向かった。案の定、誰もテニスなんてしていなかったよ。

日曜日でも、コート一面:1時間1500円。これって安いのかな? 久々のテニスで、足がもつれてフットワークに失敗し、なんだか膝が痛いぞよ(^^;;

■人知れず、「お父さんと読む絵本」も、9月23日に更新したよ。

 右利き 左利き                      2005/09/22

●先週9月16日(金)の昼休みは、月に一度の「いなっせ・こども広場でのおはなし会」の日だった。9月はものすごく忙しいので、おはなし会の準備に割ける時間がなかったため、特にテーマを決めずに「フリー・トーク & おかあさん方の質問に答える」というタイトルにしてもらった。とはいえ、まったく「ネタ」がないんじゃ申し訳ないので、福音館書店の月刊誌『母の友』(2005年7月号)の、p106,107 に載っていた「キズのあたらしい治し方」を紹介した。現在、長野県松本市の相澤病院「傷の治療センター」長である、夏井睦先生の消毒もガーゼも有害だ!と言い切る「新しい創傷治療」理論は、数年前からわれわれ小児科医の間でも衝撃的なインパクトでもって話題殺到であったからだ。

考えてみれば、消毒薬も抗生物質も、滅菌ガーゼも何もない太古の昔から、人間はケガをしてもちゃんと自然と治ってきたのだ。そういうことって、医学や科学技術が進歩して「いろんな処置方」が「当たり前」となったこの21世紀では、案外みんな忘れてしまった「大切なこと」なのではないか。

質問コーナーでは、来年就学する息子さんが「左利き」なのだけれど「矯正」すべきかどうか悩んでいる、というお母さんの質問があった。このサイトでも以前(2年くらい前か?)、我が家の次男が「左利き」でどう対応したらよいのか困っていると書いたのを、このおかあさんは読んでくれていたみたいだ。あの時は結局結論を出さずにうやむやに終わってしまった話題だ。

現在、小学1年生の次男は、結局は何も矯正せずにそのままでいる。ただ、うちの子の場合、なんか様子が変だ。鉛筆と箸は「左」で持つのに、ハサミとスプーンは「右手」で持つ。バットは左打席で構えるのに、ボールは右投げだ。すなわち、純粋な「左利き」なのではなくて「両手利き」なのね。これはぼく自身がそうで、例えば、卓球とテニスは「左」だけれども、野球・バレーボール・バスケットなど、球が大きくなるに従って「右」でないと扱えなくなるのだ。ちなみに、サッカーボールは「左足」で蹴る。鉛筆は右手で持つが、注射器やメスは左手でないと持てない。変でしょ(^^;;

世の中の人は、「右利き」対「左利き」は、白黒はっきりと2極化していると思い込んでいる人がほとんどだと思うのだが、じつはそうではない。「左端」と「右端」のあいだには、さまざまなグラデーションの「両手利き」が存在していて、さしずめぼくは「75% 左利き、25% は右利き」であり、息子は「60% 左利き、40% 右利き」といったところか。逆に、左利きの要素を多分に持った「右利き」の人もいっぱいいるはずだ。実際、脳梗塞で右半身片マヒに陥っても、リハビリと訓練で「左手」は案外上手に使えるようになる。人間の体は本来そういうふうにできているのだね。

おかあさんに「左利き」のお子さんの様子をうかがうと、どうも 80% 以上の「左利き」のようだ。であれば、矯正の必要は一切ないんじゃないかな。そうお答えした。

 「境区公民館・敬老会」つつがなく無事終了!        2005/09/19

●今日は真夏に戻ったかのような暑い一日だった。昨日のうちに大方の会場準備を済ませてあったので、朝7時半から公民館に皆で集まって「敬老会」の準備に入ったのだが、9時過ぎには会場設定を終了。区長さん以下、区役場の役員の方々は手分けして伊那市境区在住の70歳以上の高齢者227人全員に「しば製菓の素甘」を、朝8時から2時間かけて配ってまわった。ご苦労様でした。

恒例の敬老会記念撮影は、式典の始まる11時前に終える予定だったが、宮下一郎衆議院議員が 11:05 〜 11:15 のタイムスケジュールで訪問するから、来賓挨拶をその時間内で設定してほしいというお達しがあって、結局、マスダカメラにお詫びして記念撮影は11時半からということに変更した。宮下一郎代議士は、この日12カ所の敬老会を廻って選挙のお礼の挨拶をするのだという。ほんと、たいへんですねえ。

●この日のぼくの役目は、裏方の全てを取り仕切る「敬老会の影の責任者」だったのだが、裏方で終わるのはつまらないので、演芸のコーナーで絵本を読ませてもらった。



祝宴が始まると、ステージでは演芸会が始まる。詩吟、エアロビクス体操、民謡クラブ、大正琴、そしてお目出たい獅子舞。ちょうど、民謡クラブが2つ目の出し物をする準備に幕を閉めて10分ほど時間がかかるというので、その幕間にぼくが登場して絵本を読んだのだ。



読んだ絵本は2冊。『こんにちワニ』と、『へんしんトンネル』。「いま、子供たちに読んですごく受ける言葉あそびの絵本です。ぜひお孫さん、いや、ひ孫さんに読んであげてください」そう紹介した。思いのほかけっこう受けた(^^)
当初の段取りでは、プロジェクターを使ってスクリーンに大きく映して『落語絵本・初天神』を読む予定だったが、機械の準備に手間取ると白けてしまうので、結局やめにして幕の前に立ってそのまま読んだ。これで正解だったかな。お年寄りには、なんかすごく新鮮だったみたい(^^;)

 9月19日の「境区公民館・敬老会」が終わるまでは、日記の更新はお休みです。2005/09/13

●ほんと、開業小児科医でこんなにも地区の公民館活動を一生懸命やっている医者が、日本全国にいったい何人いるのだろうか?

毎年9月はとにかく忙しいのだ。毎週水曜日の午後は、上伊那医師会准看護学院での「小児看護」の講義が1時間半入っていて、10月中旬まで8コマ続く。「上伊那医師会報10月号」の編集作業もある。境区の公民館活動に割ける時間は「昼休み」しかないのだが、今週はキビシイ。伊那市3歳児健診、会計士との面談、講義、「いなっせ」おはなし会と、昼休みのほとんどに予定が入っている。おまけに、17日土曜日は伊那東小学校の運動会だ。

う〜む、ほんとうに困ったぞ。「敬老会」本番まで、あと6日!

 『チョコレート工場の秘密』ロアルド・ダール著、田村隆一・訳(評論社)2005/09/12

●ジョニー・デップ ファンとしては先週末公開された映画『チャーリーとチョコレート工場』は一刻も早く映画館に見に行きたいのだが、ふと、映画の原作を読んでいないことに気がついた。タイミングよく、定期的に巡回している近所の古本屋「ワンツーBOOK」の児童書100円コーナーに『チョコレート工場の秘密』ロアルド・ダール著、田村隆一・訳(評論社)が売りに出されているのを発見し、直ちに購入してきたのは先々週のことだ。

早速、子供らが寝る前に読む「1冊」となった。これは面白かったな。ワクワク・ドキドキの手に汗握る展開に、小学3年生の長男は夢中になった。毎晩「お願いだから、続きをもうちょっと読んで!」という訴えを退けて寝かすのが大変だった。先週後半に読み終わったが、まるで『もじゃもじゃペーター』みたいなブラックユーモアに、めくるめくイマジネーションの洪水! こういう話は、ほんと子供は好きだよね。傑作!

●昨日の日曜日の午後、岡谷市の「イルフプラザ・こどものくに」主催の「おとうさんのための子育て講座」で、いつも話している「メディア漬け育児の危険性」について話してきたのだが、おしまい近くで『チョコレート工場の秘密』に登場するトンデモない子供の1人、テレビ大好きのマイク・テービーをこらしめた、ウンパ・ルンパの歌を読み上げた。

ぼくらが住んでいる、たいがいの家じゃ
子どもは、ポカンと口をあけて、テレビを見ているね。
(中略)

ああ、そうとも、テレビのおかげで、子どもは、しずかだ、
あぶない窓には、よじのぼらないし、
ぶった、けったの喧嘩もしない、
お昼の支度や、あと片づけの邪魔もしない
だけど、おかあさん、いい気になって、
考えたことがあるの、あなたのかわいい子どもにとって、
テレビが、ためになるのか、ならないのか?

テレビは五感をだめにする!
テレビは想像力をぶちこわす!
テレビは心をかきみだす!
テレビは子どもをなまくらにする、めくらにする

子どもは、理解できなくなるんだ、空想のおとぎの国が!
子どもの脳ミソは、チーズみたいに、グズグズになる!
考える力は、さびついて、カチンカチンになる!
頭で考えられない ---- 目で見るだけだ!
●今から40年以上も前に、ぼくが語りたいことを、ダールさんはすでに言い尽くしていたんだね。
 でもよく考えてみたら、ダールがこの本を書いた頃のまさにその「テレビっ子」が「ぼくら」なワケで、いま父親となって子育てをしている。ぼくらは、五感がダメになったとも、想像力が欠如してしまったとも自分では思っていないのだが、どうなんだろうなぁ。すごい自己矛盾で困ってしまったな。

 オーディオ界の虎の穴?「Basic Audio」訪問記(その2)    2005/09/10

●通された部屋の床には、足の踏み場もないほどのLPレコードが乱雑に立てかけられていた。無造作に並べられてはいるが、全てオリジナル原盤だという。さらにそのオリジナル・レコードの上に、アナログプレーヤーが何台も、まるで古道具屋のがらくたみたいに放置されている。部屋の奥に鎮座する巨大なスピーカーと対峙するように置かれた二人がけソファーに、やはり度肝を抜かれた矢野先生と二人座らされた。

スピーカーは「JENSEN G610」というのだと五十嵐さんは教えてくれた。ぼくのぜんぜん知らないメーカーだ。次々と名前が挙げられるアンプやプレーヤーも、どれもこれもちんぷんかんぷん。五十嵐さんは言う。「これらのレコードが録音された当時のスタジオで使われていた、最新鋭最高級のシステムで聴くことが、最も原音に忠実ないい音になる一番の近道でしょ!」なるほど、それは道理だが、でも……

スピーカーから最初に流れてきたのは、ドリス・デイのトーチソングだった。思いのほか音が前に出るスピーカーだ。ヴォーカルにしっとりとした艶がある。あれ? ドリス・デイって、こんなに色っぽかったっけ。次にターンテーブルにのったのは、ブルーノートの10インチ盤。チャーリー・クリスチャンのギターに、エドモンド・ホールのクラリネットが絡む。ギターの指使いが、一音一音クリアにリアルに響く。たぶん1940年代に録音されたレコードだと思うが、じつに「いい音」がする。たまげた。こいつはスゲーや。

ぼくもかつては、全国のジャズ喫茶を巡って「いい音」を極めようとしたことがある。岩手県一関市の「ベイシー」、門前仲町「タカノ」、それから一番足繁く通った道玄坂百軒店「ブレイキー」。いまも営業しているのは「ベイシー」だけだ。色川武大氏は、「ベイシー」があるから一関市に引っ越し、そこが彼の終焉の地となった。そんなことを、ふと思い出していた。

次にかかったのが、例の「サッチモ・オールスターズ」の「黒い瞳」だ。"I LOVE JAZZ LOUIS ARMSTRONG and THE ALL-STARS" アメリカ・デッカの DL 4227のモノラル盤。こいつはたまげた! まるで「そこ」でいま、生でサッチモが歌っているのではないかと錯覚してしまうくらい、リアルでヒューマンなヴォーカルが聞こえてきたのだ。

よかったな。ぼくの愛聴盤を見つくろって数枚持ってゆき、聴かせてもらおうか、などという無謀な試みを実行しなくて(^^;;

世の中には、ほんと凄い人がいるね。この残暑キビシイ時期に、真空管アンプを酷使するのは忍びなかったので、今度は木枯らし吹き荒ぶ頃、またおじゃましたいと思っていますよ。どうぞよろしくお願いいたしますね、五十嵐さん。

 対談は面白い!                 2005/09/09

●先だって、内田センセイの対談本『健全な肉体に狂気は宿る』の話をしたが、『先生はえらい』内田樹(ちくまプリマー新書)のコミュニケーション論を読んでいたら、「対談」の奥深さに気付かされた。やはり対談の名手である糸井重里さんも「ほぼ日」で同じようなことを言っていた。内田センセイと糸井さんの対談本て、読んでみたいな。イトイさんなら、内田センセイの知られざる一面を必ずや引き出してくれるに違いない。

糸井重里さんと言えば、このあいだ高遠町図書館で『素直にわがまま』(偕成社)という、不思議なリレー対談集(長新太・吉本ばなな・黒井健・五味太郎・宮崎駿・糸井重里・江國香織・谷川俊太郎・スズキコージ・高橋源一郎・高橋章子・沢野ひとし・佐野洋子・山田馨・田中竜尚・林明子・小沢正・岸田今日子・司修)を見つけて借りてきた。編集者は当時の「MOE」編集長、松田素子さんだ。

長新太・五味太郎の対談に始まって、林明子・宮崎駿、宮崎駿・糸井重里、佐野洋子・沢野ひとしの対談が特に面白かった。1990年刊だから15年前なのだが、写真を見るとなんだかみんな若いね。糸井さんも若い!「ほぼ日」のイトイさんからはちょっと想像できないような、とんがったキビシイ発言を連発していて、とても興味深かった。イトイさんはずいぶんとマイルドになったのだね。

●対談といえば、昨日みつけた「ポプラビーチ」のこの対談も、すごく面白かったな。

 オーディオ界の魔界巣窟(虎の穴?)「Basic Audio」訪問記(その1)2005/09/07

●9月4日の日曜日は、8月7日以来のじつに久々の「何にも予定の入っていない」穏やかで静かな日曜日だった。午前中は、いよいよ今月の19日に迫った境区公民館主催「敬老会」の事業案と予算案をあれこれ考えて、この日の夜公民館で開かれる運営委員会にかけるための資料作り。敬老会はぼくが責任担当の行事なのだ。伊那市境区に住む、70歳以上の人、229人全てに敬老の日に配布する「素甘」の手配と、敬老会のテーブルに並ぶ皿盛り、フルーツ、漬け物、豚汁、寿司折の発注。まぁ、とにかく何だかんだと忙しい。

敬老会への招待状は、対象者229名分、すべて妻が夜なべして「封筒の宛名書き」をしてくれた。最近いろいろあって落ち込んでいた夫を気遣ってくれたみたいだ。ほんとにありがとう、感謝します。

資料作りはなかなか進まないが、午後には子供たちを「テルメ」のプールへ連れて行く約束になっている。ところが、昼前に自宅の電話が鳴った。飯田の「矢野こどもクリニック」の矢野先生からだった。矢野先生は20年来公私に渡ってお世話になっている小児科の先輩だ。先日の外来小児科医学会でもお世話になった。矢野先生は近ごろ「オーディオ」に凝っていて、先日の大阪でも日本橋界隈の電機屋街をいっしょに歩いて廻ったのだが、矢野先生は電話口でこう言った「先生がさぁ、この間言ってた、南箕輪村の怪しげなオーディオ・ショップにぜひ行ってみたいんだけど、今日の午後いっしょに行ってくれない?」

矢野先生に言われると、イヤとは言えない後輩なのであった。しかたなく、子供らとのプール行きを妻に任せて(本当はかえって喜んでいたりして(^^;;)公民館の資料作りをしながら、飯田からの矢野先生の到着を待った。午後3時、矢野先生を乗せたミニ・クーパーが到着。助手席にのせてもらって一路南箕輪村へ。バイパスの坂を上って御園を過ぎ、「ラーメン大将」の次の「田畑」の信号を左折して、ホタルの沢を左手に坂を上りきったあたりで右折。「ジュエリー○○」の看板のあるあたりだ。

しかし、そこには田んぼの中の住宅が数軒あるばかりで、どこにも「オーディオ・ショップ」の看板もお店もない。訪れる前に電話でリサーチしたところ、その、普通の住宅が「お店」だと、店主の五十嵐さんは言った。チャイムを押す。玄関のドアが開く。普通の民家だ。玄関右手の6畳間くらいの一室に通される。おぉ! なんだかワケわからないがものすごい部屋だぞ! 

■その部屋で、五十嵐さんは、こんな音楽を聴かせてくれたのだった。(続く)

 南箕輪村「Basic Audio」訪問            2005/09/05

●『小児科医が見つけた えほん エホン 絵本』ですが、日本外来小児科学会の称号を学会理事会の承認を得ることなく使用してしまった、われわれの不備に対して、この8月末に、学会理事会は「本の出版差し押さえ」を決定しました。たいへん厳しい処分ですが、非は100%われわれにあるので、いたしかたありません。

出版社は出版取次に配本した本を全て回収しました。ぼくも50冊購入したのですが、全部返品を命じられました。ただ、幸い学会理事会は「日本外来小児科学会」の名前をこの本から全て削れば出版してもよいという、本の再出版を認めるチャンスを残してくれました。さらに、本当に有り難いことに、一番の被害者であるはずの出版社が、われわれの本の再出版を認めてくれたのです。

本を解体して、表紙やカバー、一部のページを刷り直し、製本のやり直しをすると、その費用はおよそ本が1万部売れた時の印税分に相当するそうです。それでも、再出版してもよいと言ってくれました。涙が出ました。われわれの「この本」は、たくさんの小児科医の思いがいっぱい詰まった、本当に大切な本です。自分の子供みたいなもんです。この子になんとか日の目を見せてあげたい。幻の本で終わらせるわけにはいかない。年内に何とか再出版する方向で動き出しました。

1万部はとても売れそうにない本ですが、一人でも多くの方が本を買っていただければ、少しは赤字が減ります。本屋さんに「この本」が並んだ暁には、ぜひ手にとって読んでみてください。よろしくお願いいたします。

●まるで、ウイリー・ワンカさんの「夢のチョコレート工場」みたいな摩訶不思議なオーディオ・ショップ、「Basic Audio」訪問記は、また次回ということで、ごめんなさい。

 『健全な肉体に狂気は宿る -- 生きづらさの正体』内田樹、春日武彦  2005/09/03

●超多忙な内田センセイに、それでも本を書いてもらいたい出版社は「対談本」という安直でやっつけ仕事のような企画で結局は妥協したのだろう。この本の対談が収録された時期とほぼ同じ頃、先行出版された『14歳の子を持つ親たちへ』内田樹、名越康文(新潮新書)も、平行して対談が収録されている。どちらも内田センセイの相手は精神科医だ。

で、重要なことは「対談本」とは言え、この2冊とも基本的には「内田センセイの本」である、ということだ。では、対談相手の存在意味がどこにあるのか? というと、つまりは内田センセイが発する言葉に化学反応を起こさせる「触媒」の役割なのね。ジャズで言えば、いつものソロ演奏では絶対に不可能な神懸かり的超絶フレーズを連発する演奏が、ジャズ・メンが集まった一夜限りの深夜のジャムセッションでは奇跡的に引き出されることがよくあって、そういう特殊な場をセッティングすることが、対談相手に要求されたわけだ。

だから、内田センセイよりも10歳年下の名越康文氏との対談はそれなりに面白かったのだが、内田センセイがリラックスしすぎていて、ちょっとダレる。それに対して、この『健全な肉体に狂気は宿る -- 生きづらさの正体』(角川 ONE テーマ 21)では、相手がほぼ同い年の春日武彦先生であったから、珍しく内田センセイも始めは緊張して様子を伺っている。次第にエンジン全開となって才気ほとばしるフレーズを連発する内田センセイだが、そのピンと張りつめた緊張感がいい意味で最後まで維持されている本書は、前書とくらべて数十倍面白い。

実際、内田センセイは前書きの中でこんなことを言っている。

 私はこの本の著者の一人であるけれども、この本の「中身」が今でもよくわからない。自分でしゃべったはずのことなのに、どうして「そんなこと」を口走ったのか、説明ができないところがあちこちに散見される。
というワケで、この対談は見事に出版社の目論見以上の成果を導き出したと思うぞ。とにかく、ほんとうに面白い。読んでいて、とても気持ちがいいし、なるほど! と膝を打ちたくなるアフォリズムに満ちている。「説教ライブ!」と帯にあるが、本当は内田センセイの一人放談だな。しかし、化学反応の触媒扱いされた春日武彦先生も「俺だってここにいるぞ!」という存在証明を「あとがき」の中で展開していて、これがまた面白い。精神科医として多くの著書を持つ春日先生の真骨頂・面目躍如だ。内田センセイと春日先生との人間的資質の差を、それぞれの印象的なエピソードでもって、じつに鮮やかに解き明かしてくれる。さすがだ。

内田センセイの入門書としても、この本はうってつけなんじゃないだろうか。
おすすめです。



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