しろくま
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北原こどもクリニック  



しろくま 不定期日記


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2003年:<2/3月>  <4/5月> <6/7月> <8/9/10月><11/12月>
2004年:<1/2/3+4月><4 / 5/6月>< 7/ 8/ 9月> < 10/ 11月>
2005年:< 12月/ 1月>< 2月/ 3月><4月><5月/ 6月><7月><8月><9月>

●「不定期日記」●

 塩尻市子育て支援センターのイベントで「井筒ワイン」を飲みながら「お父さん」を語る 2005/10/30

●先週の日曜日は「新山(にゅうやま)祭り」で、新山小学校の先生である伊東パパにはずいぶんとお世話になった。本当にありがとうございました。何とも言えないほのぼのとした雰囲気がただよい、われわれ日本人がとうの昔に置き忘れてしまった本当の地域共同体のよさが、確かにここでは残っていた。小1の次男は、長靴をはいて田んぼの中を走り回っているうちに、この10月初めに誕生日で買ってもらったばかりの「デジモンのタマゴっち」みたいな携帯ゲームをポケットから落としてしまい紛失した。

でもその直前、おもちゃの出店で引いた「200円のくじ」で「1番」を当てて、「1等賞」の7000円相当のラジコンカーをもらったばかりだったのだ。7歳の次男は、幸運と不幸が一度にやって来て、何が何だか分からなくなってしまったようだ。田起こしをしたばかりの田んぼは「ぐっちゃぐちゃ」で、底なし沼のようにズブズブと長靴が埋まってゆく。なくしたゲームを探して、息子は「底なし沼」に見事はまり、もがくうちにバタリと転倒。おとうさんが慌てて長靴はいて救出した時には、腰まで泥まみれ状態。良いことがあれば、悪いこともあるのだ。人間万事塞翁が馬。それが人生さ、セ・ラ・ヴィ! なんてね(^^;;

■で、今日の日曜日は「塩尻市子育て支援センター」主催のイベント、「つくろう・広げようパパ友だちの輪 -- 子育てについて考えるパパの一日」に参加させてもらった。午後1時半から、フェリス女学院大教授・藤本朝巳先生の「絵本が育てるもの」と題した講演会が1時間あり、その後、当日参加した父親だけ30人弱が近くの公民館に移動して、井筒ワインを飲みながら父親談義に花咲かせようという企画だ。その間、妻子は支援センターで親子コンサート。

子育て支援では長野県でも先進的な塩尻市でも、父親を集める企画にはずいぶんと苦労しているみたいで、支援センター長の牧野さん苦肉の案で「ワイン片手に子育てを語ろう!」という企画が実現したのだった。ぼくは、その「第2部」のパネラーの一人としてよばれた訳だ。ぼくの他には、松本短期大学助教授・内藤美智子先生、40代父親代表で、少年野球の審判として10数年活躍する折橋さん、30代父親代表は、塩尻市「こども教育部・家庭教育室」の花岡さんがパネラーとして発言した。塩尻市長も顔を出したが、「これから、川島なおみさんとワインを飲みながら対談することになっていますので…」と言い残して早退した(^^;;;

でも、このような企画は「伊那市」ではまず絶対に考えられないものだ。塩尻市はほんと凄いぞ! しかも、若いお父さんがたがじつに熱心に我々の話に耳を傾けてくれたよ。ホント、うれしかったね(^^)

●午前11時前に塩尻で僕を車から降ろした妻は、息子2人を乗せて松本へ行き、鈴木メソッドのピアノ発表会見学 → 井上デパートで買い物 → 七福ボーリング(ガーターなしレーン)で親子3人で1ゲームづつ → 塩尻市子育て支援センター へと戻ってきた。当初、ぼくは「ワインは飲まずに素面で待っているから」と約束していたのだが、会が終わってみれば、4杯はロゼ・ワインを飲み干していたな(^^;;

意志(医師)薄弱なのでした。ゴメンナサイ(^^;;;  文句も言わず運転する妻の助手席で、ぼくは小さくなって座っていた。伊那に帰宅すると午後6時過ぎ。これから夕食の準備は大変だ。子供らに「なに食べてい?」と訊けば、「ごんべえ」と答えが返ってくることは分かりきっていたな。てな訳で「木曾の権兵衛」に行くと、ものすごい人でごった返している。もうビックリ。でも、なんとか席を作ってもらって焼き肉を堪能した北原家でした。

 ダッチオーブンで「パエリア」を作る     2005/10/29

●小学校の PTA作業はたいてい土曜日の午前中なので、仕事があるぼくは出たことがない。今日がその日で小雨混じりの中、妻が参加した。そして夜は、伊那東小「3年梅組」の保護者懇親会が入舟の「はなの舞」であって、こちらにも参加する妻と「みわちゃん」のおかあさんを車で送り届けてから夕食の準備に取りかかった。

8月末の「地球元気村」以来、じつに久々のダッチオーブン登場だ! 今日は「パエリア」に挑戦。夕方、ベルシャインに買い出しに行って、鶏肉・ソーセージ・煮タコ・あさり・エリンギ・「モランボン・バレンシア風鶏肉のパエリアの素」・スジャータ「コーンスープ」を購入。有頭エビが欲しかったのだが、残念ながらなかった。トマト・にんにく・タマネギ・ピーマンはキッチンにあったものを使った。

ダッチオーブンで、みじん切りにしたタマネギ・にんにく・ピーマンをオリーヴオイルで炒め、さらにエリンギ・鶏肉・ソーセージ・煮タコ・アサリも加えバターを足して炒める。といだ米2合を追加し、米が透き通ってくるまでさらに炒める。「モランボン・バレンシア風鶏肉のパエリアの素」を入れ、トマトをのせてから蓋をして、強火で吹いてくるまで数分おき、その後は弱火で25分。火を止めて少し蒸らせばハイ、出来上がり。

           

本当はサラダも作って彩りよく食卓をまとめる予定だったが、今日は省略(^^;; 我ながら、なかなか美味く出来たんじゃないかな。ねぇ、息子よ(^^;

 『生協の白石さん』(講談社)   2005/10/27

●世の中すっかり「ブログ」の時代となってしまったなぁ。いまだに「Ju's iEdit」でしこしこ HTMLの文書を書いて、「Fetch 3.0.3」(犬が駆けてくるヤツね)でプロバイダのサーバーにテキストを送信している僕は、何だかネアンデルタール人のような気分だ。ま、いいか。スタイルうんぬんよりも、継続することに一番の意味があるんだもんな。てなわけで4年目に突入しました(^^;) 小淵沢の瀬戸さん、メールありがとうございました。

●ずいぶん以前からネットで話題となり、一部に熱狂的なファンも持つ? 『生協の白石さん』が、とうとう本になってしまった! 驚きです(^^;; これは買わねば!

しかし、白石さんって、ずっと「女性」だとばかり思っていたのに、なぁんだ、男の人だったんだね。残念!

 「伊那のパパ's 絵本ライヴ」報告 at The 伊那北小学校「ゆりの木文庫」2005/10/23

●10月22日の午後3時から伊那北小学校「ゆりの木文庫」で催された、われわれ「パパ's」の絵本ライヴも、数えてとうとう15回目となった。活動を始めて1年半、月1回はライヴを続けようと心がけてきたが、15回目のライヴということは、ほぼ目標を達成したことになるよな。よし!(^^)

●小学校の「母親文庫」に会費を納めてまで活動を続けるおかあさま方は、ほんとうに真面目で一生懸命な方ばかりだ。ぼくらは何度も「親子文庫」の活動に呼ばれているから特にそう感じてしまうのかもしれないが、みなんさんスクエアーなのね。もっと肩の力を抜いて、いい加減に、ちゃらんぽらんにやってもいいじゃん、僕なんかはそう思ってしまうのだが……

そういった訳でもないが、この日の「われわれの出し物」は珍しく上品でしたね。下ネタがまったくなかった。おならもウンコも登場しなかったのだ。誰が言うとではなくね。こういうのは不思議だな。知らず知らずに主催者の人格に合わせてしまうんだな、きっと(^^;)

■この日の出し物■

1)『やさいのせなか』(福音館書店)  伊東パパ
2)『なにをたべたかわかる?』長新太(絵本館)  北原パパ
3)『ひゃくにんのおとうさん』(福音館書店)坂本パパ
4)『かごからとびだした』いつもの手遊び
5)『くまくん』二宮由紀子/あべ弘士(ひかりのくに) 宮脇パパ
6)『とんぼとりの日々』長谷川集平(ブッキング)倉科パパ
7)『ふうせん』湯浅とんぼ(アリス館) 実際にパパたちが風船をふくらませて、飛ばしたよ!
8)『世界じゅうのこどもたちが』(講談社)


■すみません、写真は先週(10月18日)日曜日の長野県看護大学でのライヴのもようです。


「♪ はーじめましての ごあいさつ〜」 TBSラジオで取材に来たよ!

   
宮脇パパ「かっこわるいよ! だいふくくん」坂本パパ「へんしんマラソン」
伊東パパ「うみのカラオケ」倉科パパ「山んばあさんとむじな」


  ぼくは、「だじゃれ植物園」中川ひろたか・高畠純(絵本館)


「世界中のこどもたちが」新沢としひこ・中川ひろたか

「伊那のパパ's 絵本ライヴ」レポートへ行く

 DVD『ジャイアント・ピーチ』と、原作の『おばけ桃の冒険』   2005/10/21

●「Mr. ビーン」がハリウッドで映画化された時、アメリカ人には「イギリス伝統の、あの屈折したブラックユーモア」が全く理解されていないのだなぁ、としみじみ思ったものだ。映画では、主演のローワン・アトキンソンが単なる「変なオジサン」としてしか描かれていなかったからだ。あれじゃぁ「Mr. ビーン」の魅力の半分も再現されていないじゃないか。

それと全く同じ感覚を、DVD『ジャイアント・ピーチ』を見終わった時に感じた。何かが違うのだ。

先だってから『ベスト・オブ・モンティパイソン』というDVDを兄貴から借りてきて見ているのだが、これぞ「ブリティッシュ・コメディー」の神髄であるよなぁ、と大笑いしながら日々楽しんでいる。"MONTY PYTHON's FLYING CIRCUS" は、英国の公共放送BBCが 1969〜1974年にかけて放送した伝説のギャグ番組だ。信じられないけれど、最初は NHKで放送され、次いで景山民夫が編集したものが東京12チャンネルで放映された。この時、初めて日本のブラウン管に「タモリ」が登場することとなる。

「モンティパイソン」の基本精神は、おバカで、お下劣で、残虐で、徹底したナンセンスにある。一見、鋭い社会風刺のごときギャグも散見されるが、これは決して彼らの本意ではない。それらは、視聴者に意味なくただただ大笑いしてもらうための道具にすぎないのだ。スプラスティックなギャグこそ、彼らの命なのであった。だから、特に「非教育的で、不健全な残虐性」には欠かせない。「Mr. ビーン」も、基本的にはこの精神を踏襲していると思う。

ちょうどいま、1972年に書かれた『ガラスのエレベーター宇宙へ飛び出す』ロアルド・ダール著、田村隆一・訳(評論社)を伊那市立図書館から借りてきて毎晩息子に読み聞かせしているから、よけいにそう感じるのかもしれない。昨日の晩に半分まで読み進んだところだが、とにかく想像を絶するハチャメチャな荒唐無稽さに、読者の半分はついて行けないんじゃないかと心配になるほどの、おバカでスプラスティックなギャグ満載の小説なのだ。この本が書かれた時期が、「モンティパイソン」が放映されていた時期と見事に一致する。

でも、それは作者のダールが「モンティパイソン」の影響を受けていると言っているのではなくて、むしろ、ダールの児童書処女作である『おばけ桃の冒険』の中に、すでにそのエッセンスがつまっていることに注目する必要がある。これぞ、歴史的に長い伝統と栄光、そして苦い挫折を味わされてきたイギリス人の、持って生まれた屈折したブラックユーモアなのではないか?

そういった観点から見ると、映画『ジャイアント・ピーチ』は本当につまらない。ダールが持つ「ブラックさ」を、ものの見事に「アメリカ的漂白化」がなされていたからだ。実写の部分は画面こそ暗いが、あの「いぢわるおばさん二人組」の扱い方は納得がいかない。二人は原作どおり巨大桃にひかれてぺしゃんこにならなきゃダメさ。

ムカデミミズのキャラクター造形はいい。原作の雰囲気をよく出していると思う。でも、原作の中で最も幻想的で美しく印象深い「雲男と虹」に関する挿話を、北極海の海底の幽霊船の話にどうして置き換えてしまったのか? ぼくにはまったく理解できないぞ! ぷんぷん!

飛行機乗りだったロアルド・ダールにとっても、あの「雲の上の場面」は外せない大切な場面であったのではないかなぁ。

それから、原作のラスト近くを読んでいて、妙にリアルに感じたのはぼくだけだろうか? これって、9. 11なんじゃないかな? って。そのあたりも、映画では省略されちゃっていたなぁ。

■ダールの児童書を何冊か読みながらしみじみ感じることだが、長年「読み聞かせ活動」を地道に真面目に続けるおかあさまがたは、いったいぜんたいロアルド・ダールの児童書を本当に好意的に評価しているのであろうか? ぼく自身は、こういう本こそ子供たちに末永く伝えてゆくべき大切な本だと思うし、それは母親の役目ではなくって父親の役目なんじゃないかなぁって、近ごろしみじみそう思うんだ。

 シンポジウム「こどものための家庭の機能を考える」    2005/10/18

●NHK教育で火曜日の夜10時25分から放送している「知るを楽しむ 談志の手塚治虫論」が面白い。落語の天才が、漫画の天才の苦悩を語るのだから、面白くないワケないか(^^;) 来週で終わってしまうので、再放送・再々放送でチェック!

■16日の日曜日は、朝8時に家を出て駒ヶ根の長野県看護大学へと向かう。昭和伊南総合病院小児科部長の滝芳樹先生が主催する「長野県こどもの健康週間」特別企画シンポジウム「こどものための家庭の機能を考える」が、午前9時から長野県看護大学講堂で始まるからだ。ぼくも7人のシンポジストの一人なのね。

1)母親として幅広い力をつけることができたら 須田秀枝(ファミリーサポート「ぐりとぐら」代表)
2)メディア漬け育児の危険性について     北原文徳(北原こどもクリニック)
3)保育現場かた見た家庭の問題        小木曽節子(経塚保育園園長)
4)こどもの心と体を育てる家庭の食事     井口幸子(昭和伊南総合病院・栄養科)
5)病児を抱える家庭から           武田さん(6歳になる重身児の父親)
6)家庭の機能不全が生むこどもの心身の問題  竹内幸江(長野県看護大学)
7)親の意識の変化がこどもの発達に与える影響 笹谷志げ子(駒ヶ根市こども課保健師)


PCを使ってプロジェクターで映すのは、ぼく以外はみな「ウインドウズ」。しょうがないので持参した上伊那医師会のエプソン・プロジェクターを、ぼくのPowerBook G4に別で接続して試しに映してみる。OK! バッチシだ。これで安心したのが失敗だった。自らの子育てで苦労したことをバネにして「子育て支援グループ」を立ち上げ、駒ヶ根市で積極的に活動を続ける須田さんの講演のあと、2番手でぼくが登場した。

余裕でPCを「オン」したのだが、何故か画面が出ない。焦った。猛烈に焦った。このエプソンのプロジェクターは今までに10回以上使っているが、1度もトラブったことがなかったからだ。あれこれやってみるが回復しない。壇上から滝先生が「次の演者と交代しますか?」と助け船を出してくれた。その時点で、ぼくの持ち時間は5分が過ぎていた。まっ白になった頭で「そうさせて下さい!」と言おうとしたその時、画面が復旧した。

それで、すっかり安心しきっちゃったんだな。スライド1枚=1分の計算で、18枚に厳選して並べ直してきたのだが、どうでもいいことまでしゃべりまくって、1枚=2分になってしまったのだ。15〜20分の持ち時間と滝先生から言われていたのに、終わってみれば、ぼく一人で15分以上の時間オーバー。司会の滝先生ならびに、ぼくの後の5人の演者のみなさま。大変ご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ございません。

それにしても、みなさんそれぞれにじつに素晴らしい発表でしたね。聴衆は30人くらいでしたが、もっともっと多くの人たちに是非とも聴いて欲しかったぞ。特に、ぼくの後に登場した小木曽園長先生の講演はショッキングでした。この田舎でも「もう、そこまで行ってしまっているのか!」という凄惨な環境に置かれた子供たちが次々と登場したのだ。本当に衝撃的な内容でした。朝飯は食べさせてもらえないのは当たり前。参観日にも運動会にも親はやって来ない。子供は3日も4日も同じ服を着させられて、風呂にも入れてもらえないので髪の毛はぼっさぼさ。その母親が先日初めて運動会にやって来た。子供は大喜び。彼女は今まで一度も園では見せたことのない表情をしてみせた。しかし、当の母親は娘の演技を見ることもなく、携帯メールを打つのに夢中。

そんな境遇の子供たちが園にはいっぱいいるのだそうだ。正直信じられなかった。伊那市内の保育所の園長先生と話す機会は多いのだが、そこまで悲惨な話は今まで一度も聞いたことがない。これは何とかしなければ大変だぞ!

●午後1時半からは、会場を移して「伊那のパパ's 絵本ライヴ」の始まりだ。子供たちよりも、大人の聴衆のほうが多かったね(^^;;
詳細は後日報告する予定だが、速報は「われわれパパ's メンバー、伊東パパのブログ」をご参照されたし。

■疲れ果てて帰宅し、夜7時からは「境区公民館」の11月6日に行われる文化祭に関する会合。9時前に再び帰宅し、翌朝の9時までに「プリンティア・ナカヤマ」へ提出しなければならない「上伊那医師会報10月号」の原稿割付の仕事をこなす。ふと時計を見上げると、午前1時を回っていた。長い長い1日の終わりだった。はぁ。

 『おばけ桃の冒険』ロアルド・ダール/作、田村隆一・訳(評論社)     2005/10/16

●この「お話」には本当に驚いた。とにかく話の展開がまったく読めないのだ。なにせ、最初のページにこんな文章が載っているんですよ。

 ところがある日のこと、ジェームスのお父さんとお母さんは買物をするためロンドンへ行ったのですが、そこでおそろしいことが起こったのです。お父さんとお母さんはふたりとも、ロンドン動物園から逃げだした、怒り狂う大きな犀(サイ)に食べられてしまったのです。(それも、ま昼、人のいっぱいいる街の中で、ですよ)
いきなりこの仕打ちはないんじゃないの? あの「これでもか!」っていう貧乏のどん底にいた『チョコレート工場の秘密』の主人公チャーリーよりも、このジェームス・ヘンリー・トロッターのほうが、ずっとずっと可哀想だ。それに、『チョコレート工場』では「受け身」で目立たなかったチャーリーとは異なり、この本の主人公ジェームスは知恵と勇気をふりしぼり、自ら積極的に自分と仲間たちの運命を切り開いて行くのだ。これぞ正統派冒険小説の主人公であるぞよ!

等身大の「ムカデ」や「ミミズ」が重要なキャラクターとして登場して言葉を喋るのにも驚いた。ちょっと想像してみただけで「オェッ」となるようなグロテスクさだ。さらに、「巨大な桃」が丘の上から「ごろんごろん」転がり落ちてくるというナンセンスな荒唐無稽さ。飛行機乗りロアルド・ダールの真骨頂といった「雲男たちと虹」の圧倒的なイメージ。

これぞ寝る前に、お父さんが子供に聞かせる「ほら話」の、完璧な完成型なのだな。やはり、子供に聞かせる「ほら話」として始まった『ドリトル先生アフリカ行き』ロフティング著(岩波書店)と同じく、短いチャプターごとに山場が用意されていて、「はい、今日はここまで。この続きはまた明日!」と言って焦らしながら子供部屋の電気を消す日々が何と楽しかったことか(^^;)

ぼくにはとてもこんな奇想天外な「ほら話」を思いつけないな。父親として、ほら吹き男爵みたいな気分を味わせていただけたのは、偉大なるロアルド・ダールさんのおかげです。(もう少し続く)

 『ぬすまれた宝物』ウイリアム・スタイグ/著、金子メロン・訳(評論社)     2005/10/13

●ロアルド・ダール『おばけ桃の冒険』の方が先に読み終わったのだけれど、昨日 TSUTAYA からディズニー映画『ジャイアント・ピーチ』のDVDを借りてきて、まだ見終わっていないので、感想はまた次回。個人的には『チョコレート工場の秘密』よりもさらに面白かったな。これはお気に入りの一冊。

『ぬすまれた宝物』は、ウイリアム・スタイグ2冊目の童話。100ページに満たない薄い本なので、2晩で読み終わった。それにしても、児童書をバカにしてはいけない。ものすごく奥が深い物語だった。9歳になったばかりの息子には、まだちょっと難しかったかな。いや、40歳をとうに過ぎたぼくですら、一筋縄ではいかないストーリー展開に「う〜む」と考えさせられてしまったぞ。

人間同士、信頼し信頼されあって、友人として同僚として、上司・部下として、家族・身内として日々生活を営んでいる。しかし悲しいかな、愚かな人間は「ほんのちょっとした誤解」から、いとも簡単に「その築き上げた信頼関係」を崩してしまうのだ。そういう人間の持つ嫌な面を見せつけられたこの本の主人公ガーウェインは、生来の中世「騎士道」精神を受け継ぐ精錬潔癖なガチョウであったから、見に覚えのない無実の罪を着せられた上に、尊敬していたクマの王様からも、長年の友人たちからも犯人として決めつけられたことが居たたまれなかった。今まで生きてきた「ぼく」の存在は、いったい何だったのだろうか? 嫌気がさした人間社会を逃げ出して、逃亡者として追っ手の目を逃れながら世捨て人のような孤独な日々を過ごすこととなる。

しかし悲しいかな、しょせん仙人ではないから、人間ひとりでは生きてゆけないのだな。寂しい。どうしようもなく寂しいのだ。でも、その主人公以上に悩んでいた「The Real Thief」がいたんだね。「王様の耳はロバの耳」みたいに、「ぼくが真犯人なんです!」と言ってしまいたい。でも、やっぱり言えない。この「秘密」を分かち合える友達が欲しかったのだ、彼は。そして……

■河合隼雄氏は著書『子どもの宇宙』(岩波新書 386)の中で、こんなことを言っている。

秘密をもつということは、取りも直さず「これは私だけが知っている」ということなので、それは「私」という存在の独自性を証明することになる。秘密ということが、アイデンティティの確立に深くかかわってくるのもこのためである。(中略)

アイデンティティというのは不思議な言葉である。本気で考え出すと何のことか解らなくなってきたりするが、「私は私である」という、この単純な文章が、なかなか人間には納得のいくものとして感じられにくい、ということをそれは反映しているのであろう。(中略)たとえば、私が父親であることや大学教授であるあることに、私の存在の基礎を置いているとすると、それはあくまで自分以外の他人、子どもとか学生とかとの関連によって支えられているのだから、もし、その他人がいなくなったり、そっぽを向いたりすると、たちまちにして、私のアイデンティティは崩壊することになる。

これに対して、「私しか知らぬ秘密」は他人に依存していないので、アイデンティティを支えるものとしては、真に素晴らしいものと言わねばならない。それでは、どうしてメアリは「秘密の花園」の存在をディッコンやコリンにまで打ち明けたのであろうか。ラモーナはパジャマの秘密をラッジ先生と分け合うことに、なぜあれほど喜びを感じたのであろうか。ここに、秘密ということ、アイデンティティということの難しさが存在している。秘密は一人で保持していることに価値があるし、他人と共有することによって価値が上がるところもある。私は私が唯一無二の存在であることを確信したい反面、他の人々とも同じであるとも思いたいのである。(p49〜p50)
スタイグが言いたかったことも、このあたりにあるのではないかと僕は思う。人間というのは、まことにもって不可解な生き物であることよなぁ(^^;;

■ところで、日本の落語の世界にもこれと「よく似た噺」があるのだ。それは、古今亭志ん生〜金原亭馬生・古今亭志ん朝 の親子が語り次ぐ『柳田格之進』という落語だ。曲がったことが大嫌いなお侍「柳田格之進」は、この世の中を上手く生きてゆくことができなかった。精錬潔癖の性格が災いして君主からかえって疎まれ、見に覚えのない失態を理由に失職し浪人の身に落としたのだ。

気晴らしに通う街場の「囲碁所」で、浅草馬車一丁目の質両替商万屋《よろずや》源兵衛と出会う。いつしか気心の知れた友人となる二人。この「よろずや源兵衛」がクマの王様に相当するワケね。中秋の名月の晩、万屋では「お月見の宴」が催されていた。柳田格之進も招待され、主人の源兵衛と離れで囲碁をうつ。その晩、番頭が主人に渡した50両が行方不明となる。離れにいたのは、源兵衛と柳田格之進の二人だけ。さて、それから……

米国人のウイリアム・スタイグがこの落語を知っているはずはないから、これはきっと、グローバルな問題なんだね(^^;)

 「SHURE E3」の使い勝手            2005/10/12

●先日購入した「SHURE E3」は、「カナル型」と呼ばれるタイプのイヤホンで、イヤホンの先端を耳栓のように耳の穴へ入れて密着させて聴く。ちょうど聴診器を耳にあてている感じだ。外部の音はほとんど聞こえない。これなら地下鉄に乗っていても、まわりの音を気にせずに音楽に集中できる。医者なので、毎日聴診器を使っているから「耳に当てた感じ」には慣れているのだが、そうは言っても四六時中聴診器を耳に当てているわけではないので、イヤホンを耳に挿入した違和感は相当強い。使ううちに慣れてくるのだろうか?

iPod はいつも「シャッフル」になっているので、何がかかるか分からない。このイヤホンで最初に流れてきた曲は、ジョアン・ジルベルトの「三月の水」だった。ボーカルもギターも、すごくナチュラルに響いて、しっとりと落ち着いた音がする。ドンシャリした派手さがないので、長く聴いていても疲れない。どうも、アコースティック・ギターの音色が最もリアルに響くようだ。パット・メセニーの「One Quiet Night」から、ノラ・ジョーンズのヒット曲「Don't Know Why」 がかかったが、ぞくぞくするほど「いい音」がした。

でも、ネットで調べると、アマゾンではもっと安く取り扱っているし、新しくでた上位機種「SHURE E4」も、25000円で入手できるみたいだし、もうちょっと待ってしっかり検討してみるべきだったかな。本当は白いボディカラーの「SHURE E3c」が、白い iPod とマッチしていて欲しかったのだが、リゾナーレの「ラピュタ」の店舗には展示品のグレーの「SHURE E3」しかなかった。しかし、現物を手にしたのは初めてだったので、どうしてもその場で買って帰りたくなってしまったのだ。ま、欲を言い出したらきりがないね。

 今日の買い物                       2005/10/09

●あす10月10日は、父の命日だ。平成7年10月10日、当時は体育の日で祝日だった。雲一つない真っ青に晴れわたった秋の日だったように思う。享年76。病院のベッドの上でなく、自宅で、家族に見守られながら息を引き取った父は、本当に幸せ者だったに違いない。つくづくそう思う。でも、何故か知らぬ間に10月10日は休日ではなくなり、地球温暖化の影響か、秋雨前線が停滞する天気の悪い日になってしまった。

オヤジよ! 墓参りにちゃんと行かないのを怒っているのか?

ぼくの父親が死んだ翌年に生まれた長男が、今年9歳になったので、明日でちょうど、まる10年になるわけだ。はやいなぁ、時の流れは。ホントしみじみそう思う。

■あすの10月10日は、当番医に当たっている。なので、今日は「いつもの八ヶ岳方面」へと行ってきた。
まずは「北杜市 オオムラサキセンター」を目指す。この9月1日に、テレビ東京で放映された「TVチャンピオン」で、「ツリー・ハウス選手権」というのがあって、「オオムラサキセンター」前の「大きなクヌギの木」に作られた「ツリー・ハウス」が優勝したのだ。到着して直ぐに入館して「ツリー・ハウス」用の整理券をもらって10時過ぎに「クヌギの大木」の下に集合。高所恐怖症の長男は、夢中で梯子を上っている時は大丈夫だったが、一番上まで来て下を見下ろしたとたんに膝ガクガク状態(^^;) でも、愛読書「マジックツリーハウス」の雰囲気を堪能できたようだ。



その後、「絵本の樹美術館」へ廻って、ご覧の「3冊」ほかの絵本を購入。

「マジョラム」で昼食を食べたあと、リゾナーレへ行って、ぼくが誕生日プレゼントに欲しいと願っていた「SHURE E3」を、ラピュタ・アンテナハウスで購入。21,000円なり。今や iPod 本体よりも高い?「イヤホン」なのであった(^^;)



ぼくが欲しいものを買ったので、「おとうさんは、いいなぁ!」とぶつぶつ言い続ける息子たちに示しがつかなくなり、しかたなく雨降りの中「八ヶ岳アウトレット」へと向かう。ものすごく渋滞していてビックリ。20分ほど我慢して、一番遠い駐車場に車を停めさせられた。 結局、LEGO「バイオニクル」の新製品(値段の高いヤツ)を2つ買わされる羽目に。いやはや、しょうがないねぇ(^^;)

 ぼくは何故「小児科医」となったのか?           2005/10/07

●今晩は、毎月「いなっせ」でのおはなし会でお世話になっている「こどもネット伊那」のスタッフの皆さんの飲み会が「羅針盤・串正」であって、担当の井上さんから呼ばれて出席させてもらった。11人の出席者のうち、男性はぼくと「ヤマロク」の米山さんだけだ。米山さんは、シニア・ボランティアとして志願し「ちびっこ広場」の活動に係わっている人だ。

その米山さんが、飲み会が始まるなりいきなり訊いてきた。「先生はどうして小児科を選んだのですか? 子供が好きだったからですか?」おぉ〜っ、いきなり僕の人間性を値踏みするかのような、まるで育児ジャーナリストの牧田栄子さんみたいなスルドイ質問で、ぼくに迫ってきたのだ。何故かぼくは、この手の質問にトラウマがあるためか、過敏に反応してしまうのだった(^^;;。この質問は、じつは2年前に当院へ職場体験学習にやって来た伊那東部中の2年生の女の子から受けていて、それに対する解答として、2003/09/24 〜 /10/04の日記に書いたのだけれど、結論は述べなかった。

そのあたりのことは、当時「原稿」を依頼されていたメディカル・トリビューン紙の「リレー・エッセイ」にしてまとめたつもりだ。いまはネット上では読めないので、以下に再録させていただきます。

「子どものスイッチ」
                         北原こどもクリニック   北原文徳   


 先日、職場体験学習でやって来た中学2年 生の女の子にこう訊かれたのだ。「先生はど うして小児科のお医者さんになったのですか ?」と。たぶん彼女は「子どもが好きだから さ」という答えを、ぼくから期待していたに 違いない。でも実際は、そうじゃぁないんだ。 正直に言うと、昔は子どもが嫌いだった。だっ て、子どもはウルサイし、意地悪だし、アマ ノジャクだし。けっして「子どもは無垢な存 在だ」なんて言わせない。そうでしょ。

 じゃぁ、なんで、ぼくは小児科医になった のか? 本当のところは自分でもよく判らな い。だから中学生の彼女に質問されて「うっ」 と言葉がつまってしまった。その時は、苦し まぎれに「子どもはね、時間軸のベクトルが あるだろ。つまり、未来があるのさ。その彼 らの未来にちょっとだけ手助けできるのが、 小児科医の使命ってワケさ」なんて、カッコ つけて答えたのだけれど、ごめんね、それは 嘘だ。

 でも、20年間こうして小児科医をやってき て最近しみじみ感じることは、小児科の医者 になってホントよかったな、ぼくの天職だよ なぁ、ということなんだ。不思議だな、何故 なんだろう。嫌いなはずだったのに、子ども には何時も興味があって、あこがれていて、 羨ましいな、悔しいぞと、嫉妬してきた。

 日本で最初の保育園の保父さんになった 「シンガーソング絵本ライター」の中川ひろ たかさんは、その著書『中川ひろたかグラフィ ティ』(旬報社)の中でこんなことを言って いる。
「子どもってなんだろうと思った。へ んなことを言う。なんで? ってことをする。 いつも笑っている。すぐに泣くことができる。 いつも歌をうたい、気がつくと走ってる。ど うして子どもってこうなんだろうと思った。 のと同時に、どうしてぼくたち大人は、こう じゃないんだろうと考えてしまったのね。大 人になるということはそういった部分を消す ことなのかってね。あんなにすばらしいとこ ろを失くしていくことが大人になるっていう ことだとしたら、そんなん、つまらないこと じゃないかって思っちゃった。」

 この感じは、すっごくよくわかる。人間に あこがれて、自分の声を失うことを条件に二 本の足を得た人魚姫。でも、彼女が一足ごと に歩くたびに、とがった錐と鋭いナイフの上 をふんでいるような痛みを感じないではいら れなかった…… 大人になるって、そういう ことなのかもしれない、たしかに。

 あるとき電話がかかってきて、こう訊かれ たんだ。「先生は小児科だから、子どもの気 持ちが判るでしょ。だから、不登校児をサポ ートする勉強会で話してほしいんです」と。 いや、それはとんでもない勘違いだ。ぼくに は子どもの気持ちなんて判らない。ただ、ぼ く自身がいつまでも大人になりきれない小児 科医であることは事実なので、良くも悪くも 「子どもの頃の気分」をいまだに保持してい ることに間違いはない。

 その「気分」は常時あるんじゃなくて、時々 フラッシュバックのごとく、ふと現れる。そ のことを、子ども評論家の斎藤次郎さんは 「子どものスイッチ」と呼んで、こんなふうに 言っているんだ。
「子どものスイッチという のは、自分の中の子どもを呼びさます魔法の 仕掛けのことだ。自分の中の子どもが目を覚 ますとどういうことになるか。別に大したこ とがおこるわけではない。でも注意深い人な ら気づくはずだ。空がちょっと高くなり、も のかげに何かひそんでいるのが気になり、だ れかのオナラが猛烈におかしくなって大きな 声で笑ってしまう。」
『子どものスイッチ』 (雲母書房)より。ぼくには確かにこのスイッ チがある。そのことだけは自信があるよ。

 このスイッチを「ON」するためには、それ なりに厳しい訓練が必要だ。ぼくだって、20 年かかったんだから。診察室で、ただ子ども に聴診器を当てているだけじゃぁダメだ。もっ と子どもを直接体感しないとね。そうは言っ ても、診療の場以外で子どもと触れ合う機会 はなかなかないから、ぼくは自分の子どもを 利用した。疲れた一日の終わりに、子どもと 怪獣ごっこ・プロレスごっこを15分間して、 一汗かいたら、いっしょにお風呂に入り、寝 る前に絵本を2冊、読み聞かせする。この 「声を出して絵本を読む」ことが、すごくい い訓練になるんだ。これホント。

 小児科医の父親が「絵本」の魅力を発見す る物語は、当方の「おとうさんと読む絵本」 というウェブサイトに連載していますので、 よかったら見に来て下さい。

http://www.clio.ne.jp/home/kita/ehon.html

(2003/11/09 記)

 箕輪町上古田「赤そばの里」           2005/10/03

●日曜日の午前中は、勤福体育館で開催された「伊那市健康まつり」に伊那市医師会として参加し、お昼過ぎまで献血立ち会いの仕事。帰宅後、子供たちはラーメンが食べたいというので、「麺屋・二八」に向かうが臨時休業。「信州ラーメン博」に出店しているからだ。じゃ、「ラーメン大将」と言うので行ってみると、こちらも臨時休業。いっしょに「信州ラーメン博」へ行っているのだね。

しかたないので、国道から左折して広域農道まで上がって、西箕輪の「ほさな」で久々の「煮干しラーメン」。こだわりの細打ちぢれ麺に、これまたこだわりのスープがよく絡む。じつにうまかった。

●その足で箕輪町上古田の「赤そばの里」へと向かう。ネパール原産で、珍しい赤い花を付ける「高嶺ルビー」という品種の蕎麦の花が満開なのだ。山麓の山際に設けられた臨時駐車場に車を止め、そこから歩いて山の中へ向かう。木がうっそうと生い茂る山道を少し登って、今度は沢に下り小川を渡って再び登り道。こんな山の中のいったい何処に「ソバ畑」があるんだ? と、ちょっと不審に思いながら5分ほどで登りきると、急に視界が開けて「かくれ里」のような広大な平原が目の前に広がった。その一面がソバの赤い花で覆い尽くされていたのだ。それはそれは見事だったよ。





 『アベルの島』ウイリアム・スタイグ(評論社)          2005/10/01

●9月22日の話題「右利き・左利き」に関する2年前の「元ネタ」は、2003/09/04 〜 /09/13の日記に書いてありました。久しぶりで読んでみたら、なかなか面白いこと書いてあるじゃないか。自分で感心してどうするんだ?(^^;;

■ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』がものすごく面白かったので、その続編『ガラスのエレベーター宇宙にとびだす』田村隆一・訳(評論社)を借りようと、伊那市立図書館へ行ってみたが見つからず、前回来た時には確か本棚にあった『おばけ桃の冒険』ロアルド・ダール/著、田村隆一・訳(評論社)も残念ながら貸出中だった。

しかたないので、同じ評論社から出ている「児童図書館●文学の部屋」シリーズから1冊、『アベルの島』ウイリアム・スタイグ(評論社)を見つけて借りてきた。ウイリアム・スタイグは、2003年10月3日に95歳で亡くなったアメリカの絵本作家で、『ロバのシルベスターとまほうのこいし』、『みにくいシュレック』、『ゆうかんなアイリーン』、『ピッツァぼうや』などの絵本で日本でも人気のある作家だ。絵本の他に、児童小説も書いていて3冊が評論社から邦訳されている。それが『ドミニック』『ぬすまれた宝物』『アベルの島』の3冊だ。

『かんこのミニミニ子どもの本案内』赤木かん子(リブリオ出版)の p182 で『ぬすまれた宝物』が絶賛されていたので、いつかはスタイグが書いた童話を読んでみようと、以前からずっと考えていたのだ。

■小3の長男のために読み聞かせることを口実に自分が楽しみながら読み始めたのだが、正直「えっ?」と驚いた。ユーモアとフェイクでひねりを効かせた超変化球ばかり投げる、いつものスタイグを予想したのに、ぜんぜん違うのだ。ストレート直球勝負じゃないか! ひょえ〜!

小説のジャンルは「漂流記もの」だ。ぼくは「漂流もの」に極端に弱い。大好きなのだ。古くは「ロビンソン・クルーソー」に始まって、我が座右の書と決めた『エンデュアランス号漂流』(新潮文庫)に至るまで、ノンフィクション・フィクションの差なく傑作が群居している分野だ。作家の吉村昭さんも、椎名誠さんもお気に入りのジャンルである。『読書歯車のねじまき仕事』椎名誠(本の雑誌社)を読むと、『無人島に生きる十六人』須川邦彦(新潮文庫)も出ているという。未読だから、これは読まねばならぬ(^^;;

『アベルの島』は、主人公アベルが「ネズミ」なので、漂流といっても大海原の絶海の孤島に流れ着くのではなくて、ハリケーンで増水した川の「中州」がアベルにとっての「島」となった。海と違って、川は激しく流れている分かえってネズミには厄介なのであった。「漂流もの」の条件は、主人公が不撓不屈の精神で知恵と勇気を駆使して「生き残ること」を決してあきらめないことにある。「アベル」もそうだった。お金持ちの家に生まれ、両親の庇護のもと何一つ苦労することなく大人になって結婚したアベル。いわゆる「箸より重いものなぞ持ったことない」若旦那だった。

でも、彼は愛する妻を心から信じ、不屈のジョンブル魂でもって過酷な状況に1年間も堪え、満を持してこの無人島を脱出するのだった。しかし! さらなる試練が待ちかまえていたのだ!

これは「成長小説」なんだね。もっと劇的なラストを予感させたのだが、著者のスタイグは案外あっさりと幕を閉じる。でも、ハード・ボイルドはこうでなくっちゃね(^^;) 地味だけど、なかなかの傑作!



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